『遂に開催されました! 我が校が誇るカルデア決闘! 早速、今回の決闘者をご紹介いたしましょう!』
晴天の下に円形のトラック、それらを囲む白い観客席。それらは、見る者にかのローマ帝国のコロッセウムを彷彿とさせたという。観客席の最前列、その一角に生徒会書記のマシュ・キリエライトはマイクスタンドとともに座していた。菫色の髪を、凜とした声を、間も無く夏になろうかという湿度の高い風が浚っていく。
『第一レーン! 小さな体に目一杯の火薬を! 歩く火炎放射器! 一年一組、清姫選手!』
『第二レーン! 立てば鳥兜! 座れば鈴蘭! 歩く姿は彼岸花! 一年二組、玉藻選手!』
『第三レーン! ぽっぽっぽー、はとぽっぽー! 弾が欲しいかそらやるぞ! 一年二組 シャルロット選手!』
『第四レーン! 決めたぜ高校デビュー! 地元じゃ負け知らずのお姫様! 一年四組 刑部姫選手!』
グランドの中央で「高校デビューじゃないもん! 中学からだもん!」という絶叫が響いたが、観客の歓声でかき消された。そして、紫の髪の少女マシュは立ち上がり、一層声を張り上げる。
『対するは! 第五レーン! 天は二物を与えるのか!? 学年一位の美貌と学力! 一年三組、オベロン選手!』
オベロンは一番外側のレーンで棒立ちになりながら、(空が、青いな……)と流れる雲を眺めていた。
『以上五名で勝敗を競うことになります! 実況は、私、マシュ・キリエライトでお送りいたします!』
歓声がグランドに響き渡り、盛り上がる観衆を前にキリシュタリア生徒会長が立ち上がった。
『改めてルールを説明しよう。早い話が、カルデア決闘は障害物リレーだ。決闘と名がついているが、暴力沙汰になっては本末転倒というもの。健全なる精神の元、さながら人生の壁のように待ち受ける様々な障害物をいち早くクリアし、ゴールしたものが勝者となる。……私からは以上だ。うん? それだけでいいのか? いやなに年長者の長い話ほど退屈なものはないからね。……決闘者諸君、健闘を祈る!』
わああああああ!
観客のボルテージは最高潮。生徒の群れの中にオペラグラスをつけた学園長の姿や、反対側からは「え~、ただいまの一番人気はオベロンさ~ん♡ 大穴は刑部姫~、刑部姫で~す!」と賭け事らしき声援も聞こえる。そんな中、生徒会長の隣に座っていた立香が「あの」と控えめに声をあげた。それは小さな声だったが、マイクスタンドが前にあるせいでしっかり校舎の奥まで響いた。
「ひぇ、……。あの、どうして僕はここに?」
当然の疑問に生徒会長は出来の悪い後輩を見守るような慈愛の瞳で返答する。
「優勝トロフィーは、実況席にあるだろう?」
「商品扱い!!!」
キーン! 抗議のハウリングに放送席近くの生徒が耳を押さえるが、大多数の生徒は意にも介さず目をギラつかせている。若人には余りにも似つかわしくない欲望に満ちた視線と野次がグランドに飛ぶ。
「オベローン! 勝てよー!!! ……俺の食券三日分!」
「賭けてんじゃねーー!」
ビッと親指を下に向けながら、オベロンはセタンタに叫び返した。直後、ピィイイとホイッスルが鳴った。開始の合図だ。
『さあ、間も無く出走です。各馬、――失礼。各選手、位置について下さい』
オン・ユア・マーク…………、ぱぁんっ!
空砲が鳴った。もはや誰にも止められない流れに身を任せて、オベロンはやけくそのクラウチングポーズから一転、美しいフォームで一歩を踏み込んだ。
『各レーン、綺麗なスタート! ああっ! 転倒! 転倒です! オベロン選手、左隣の刑部姫が取り出した棒状の何かに足を取られ派手に転倒ーーー!』
『ふむ、……あれは魔法少女ステッキだね。イミテーションながら中央のピンクの石が鮮やかだ』
地面に顔を激突するという人生初の屈辱に驚くオベロンの耳に哄笑が聞こえる。
「ぷぷーっ! 情弱乙でーす♡ このカルデア決闘では正々堂々、他者への妨害行為が認めらているのよー!」
咄嗟に顔を上げれば視線の遙か先、清姫が扇子の先から仕込み式の火炎が飛び散らせ、玉藻が自前の長い袖から取り出した水鉄砲で応酬するという地獄絵図。運動が苦手なのかシャルロットと刑部姫は早くも息を切らせながらその後ろを走っている。オベロンは片膝を立て、口の中に入った砂利をプッと吐き出した。
「上等だ、このヤロウ!」
ジャッという砂音と共に再び疾走する。
『オベロン選手、立ち上がりました! しかし、かなり距離が開いています。この差は大きいかぁ!?』
『この後の障害物をどう乗り切るか次第だろうね。――早速、第一の試練だ』
平均台の先に黒い人影が立っていた。長身、鋭い目元、常人の二倍はあろうかという上腕二頭筋。アロハシャツに身を包んだその男の名は――。
「だーはっはっはっ! COOLなナイスガイ! 黒髭のティーチ様とは俺のことよぉおお!」
BOOOOOOOOO!
『これは凄いブーイングです! 水泳部顧問のティーチ先生、圧倒的な不人気!』
『素晴らしい、観客まで巻き込んだ人生の障害に相応しい登場だ。気合の入った役作りだね!』
『会長、恐らく皆さん素でブーイングされているかと思われます』
「マシュ氏ーーー! チクチク言葉はダメめえええ!」
黒髭はよよよとハンカチを食いしばったが、先頭で走ってきた玉藻と清姫が視界に入ると悪逆な笑みを浮かべた。
「さぁて、人生の先輩であるこの俺様が社会の厳しさってモンを教えてやるぜぇ。最初の試練は……コレだぁあああ!」
【魔法竜少女エリちゃんの決め台詞(振り付き)を叫べ】
「「巫山戯んなっですわ!!」」
二人の少女が各の獲物を黒髭に向けるが、両手を挙げて黒髭は笑った。
「おおっと、良いのかい? 試験官への攻撃は即失格だゼぇ?」
「くっ」
「……もしやこのお題」
呻く清姫の隣で玉藻が何かに気づいた。と、後方からシャルロットと刑部姫がやってくる。そして、刑部姫がスライディングしながら二人の前に出る。
「『悪い子ね! あちし噛みつくわ! エリちゃーん、竜牙突!』」
がうがうと両手を挙げて、口を大きく開いた。
「ピンポン・ピンポーン! 正解でござるぅうう! マジドラエリちゃんの第一シーズンの決め技っショ! 流石、オッキー! さてはオメー初期勢だな?」
「うはははー! 任せて頂戴、グロ以外のアニメは履修済みよ! この勝負もらったーーー!」
みこーん!と玉藻の髪が揺れた。
「そういうことですのね?! 刑部姫、貴方、この男を買収しているのでしょう!」
黒髭と刑部姫が同時にウシシと掌を口に当てて笑い合う。二人が手を組んでいることはもやは誰の目にも明らかだった。
「当然でしょー? 純粋な勝負になったらオタクの私に勝ち目なんて無いもの」
そういうことでアデュー!と刑部姫はスキップをしながら三人を置き去りにする。
「くぅう、こんなの不公平ですわ!」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。ちゃーんと、救済措置はありますゾ」
どうどうと黒髭がポケットから端末を取り出して、清姫の手に預けた。端末の画面にはピンクの髪の女の子がウィンクをしている。
「これで勉強してちょ。Fooooo! 拙者、マジドラエリちゃんの布教もこなすオタクの鏡なればー!」
「――焼き殺してさしあげましょう」
「お待ちなさい。そんなことをしていては、刑部姫に勝利を持って行かれますわ。大人しくこの動画で課題をこなしてしまいましょう」
渋々と二人が動画を見始めている横で、シャルロットが恥ずかしそうに決めポーズしていた。どうやら妹が見ているらしく、知見があったようだ。黒髭は一瞬渋い顔をしたが、「まあ、ギリOKということにしときますかネ。因みに、その技のポーズ最後は腕をクロスだから」と演技指導の上、クリア扱いに。そして、……。
「お、来たなイケメン! 俺様、男子には厳しくするもんね~」
明らかにアニメなど知らぬであろうオベロンをニヤニヤと見下ろす。端末も清姫と玉藻に渡した分で全部のようで、ポケットに手を突っ込んだまま。そんな黒髭に対して、オベロンは無感動に上がった息を整える。
「7月29日、午前の部、A-10」
「!!」
『んんん? オベロンさん、まるで暗号のような言葉を発しました。これもマジドラエリちゃんの決め技、なのでしょうか!?』
『いや、これは――』
思考するキリシュタリアとマシュの前で、黒髭は驚愕の表情を浮かべていた。まさかという言葉が零れ落ちる。
「お、オメー、……持ってるていうのか!? ――あの、幻のチケットを!」
ふっと今度はオベロンが笑う番だった。
「たまたまさ。……劇場版マジドラエリちゃん特別試写会のチケット、融通してあげてもいい。あんたならその価値、よぉく分かっているだろう?」
「……ブラザー、舐めてんじゃねぇぞ。――俺様、どれだけ世間に白い目で見られようとも転売屋にだけは、この魂売らねぇと決めてんのよ」
まるで悟りを開いた僧侶のような顔つきで黒髭は言い切った。そして、両腕を持ち上げ、緩やかな酔拳のような動きを見せる。オベロンもそれに倣い、両腕を動かした。黒髭はその後、二度、八の字のようなモーションをした後、あちょー!と叫ぶ。
「……」
オベロンは叫ばなかったが、動きはトレースした。
「九大青竜姫・流星天!」
「九大青竜姫・流星天」
ぴんぽーん!と黒髭が両指をオベロンに突きつける。
「卑怯者ー!」
「ちょっと! 言ってる側から魂売ってるんじゃねーですわ!」
『カンニング! カンニングです! 果たしてコレはセーフなのでしょうか!?』
『セーフだとも。上司との友好関係を気づくために、相手の嗜好に合わせた手土産を用意する。社会人の常套手段だね』
べーと舌を出しながら、オベロンは清姫と玉藻を置き去りに走り出す。前を向けば、刑部姫とシャルロットが第二の試練にさしかかっていた。
ぜえはあと刑部姫が跳び箱で痛めた内股を気にしながら、試験官へ元に辿り着く。
「はぁい。頑張ったわねー。まずはお水をどうぞ」
「ァ、アリ、ガトウゴザイマス……ぷはー」
同じようにシャルロットも水を飲み、二人は揃って世界史の教師・エレナ女史に視線で問うた。
「……オーケー。準備は出来たみたいね。私からは『智の試練』よ」
ごくりと二人の喉が鳴り、知らず両手に力が籠もる。ここを如何に早く抜けるかが大きく勝敗に掛かってくるからだ。
「では、問題!」
【蚊と蝿と蜂と蛾が皆で外国へ行くことになりました。ところが、この中で1匹だけ行く事が出来なくなってしまいました。さて、行けなかったのはどの虫?】
ずこーー!
『ナゾナゾ! なぞなぞです! 自分で言うのもなんですが、私、得意です!』
「キリエライト、落ち着け。お前、実況だろう」
『ハッ、そうでした……』
カドック(副会長)の指摘に残念そうに肩を落とすマシュ。その隣で、今度全校生徒参加型のクイズ企画でもやろうかと検討する生徒会長だったが、「しないからな」という、何かを察したカドックからの一言に肩を竦めた。密かに盛り上がって盛り下がった実況席を余所に、グランドでは、チクタクとシンキングタイムが始まる。
「虫!? カ? ハエ? えええー! 分かんないよぅ」
「……」
「フフフッ、よーく考えてね♡ 適当に答えてもいいけど、その分ペナルティが付くわ」
『はい、不正解一回につき十分の待機時間が生じます』
『ラッキーチャンスに賭けてみるか、それとも根気強く正解を探すか。人生は常に選択の連続だね』
うぐぐぐと刑部姫が唸る横でシャルロットは頬に指を当て目を瞑る。
(カ、ハエ、ハチ、ガ……、外国――!)
「っ! 分かりました!」
はーいと手を挙げ、エレナに駆け寄る。ごにょごにょと耳打ちをし、むん!と気合をいれた。自信があるようだ。
「……正解よ!」
ぱんぱかぱーん!と特大のホイッスルがグラウンドに響いた。
「やったー!」
「うそぉおお!」
先手を許したことでますます思考回路に混乱を来した刑部姫に「お先でーす♡」と声をかけてシャルロットは走り出す。おおおお!と観衆もざわめいた。
『これは予想外! 当初、えげつなさで清姫、玉藻選手が有利と思われたこの決闘。有力選手が最下位、ダークホース二名が先頭という番狂わせが起きています!』
『人生は常に驚きの連続だ。……、面白くなってきたね』
(不味いわ……、このままじゃ)
冷静さを失った刑部姫は、起死回生の為、博打を打つ。
「はいはいはーい!」
「ハイ、どうぞ」
エレナの耳元で刑部姫が答えを出す。
「……蜂」
「――残念、十分待機ね」
「あああああああああああ!」
残念ながら彼女は賭けに勝つことは出来なかったようだ。遠く、玉藻の「ざまぁみさらせですわー!」という遠吠えが響く。会場からも「だよね。やると思った」という失笑。二重の意味で顔を真っ赤にする刑部姫だった。と、そこへ。一陣の風が吹く。
「先生!」
「よくってよ」
耳に手を当てたエレナの元にオベロンが駆け込む。そして、ボソリと答えを呟いた。
「凄い! 正解よっ!」
ぱんぱかぱーん!
『何と言うことでしょう! オベロン選手、神速の回答です! あ、清姫選手と玉藻選手、漸く第一の試練を乗り越えました!』
『おっと、混戦になるかな。勝敗は分からなくなってきたね』
(あとひとり――!)
オベロンの視界の先、シャルロットが第三の試練の試験官の前に立った。
「はぁい♡ 私からのお題を発表するわねー」
ヒックと彼女がしゃっくりをすると、ぷるんと彼女の豊満なバストが揺れ、会場も揺れた。
「うおおおお! 伊吹先生、最高ー! おっかないけどー!」
「教師にあるまじき飲酒と淫乱の女神!」
『あ、先生! 飲酒されてますね!? ――え? はい、はい。なるほど、承知です』
実況席に一報が入る。えー、と前置きをしながらマシュがマイクを握り直した。
『コホン。失礼しました。アーキマン先生に寄りますと、今のはただのしゃっくりだそうです。それはそれとして、後で学園長室に来るようにとのことです、伊吹先生』
『生徒諸君。ハメを外したくなる気持ちは理解するが、伊吹先生を反面教師に社会のルールはきちんと準拠するように。往々にして、痛いしっぺ返しが待っているものだからね』
「もうっ、ドクターったらいけずなんだから。しょうがないわねぇ、ちゃっちゃとお仕事すませちゃうわね。私の試練はこ・れ・よ♡」
事実を隠蔽しつつ、競技は佳境にさしかかっていた。グランドの横手から大型の機械が登場する。丸いガラスの上部に赤い金具の胴体部分には銀のつまみが設えたソレ。恐らく、多くの人々が子供の頃に一度は回して遊んだであろうそれ。否、むしろ大人になってから沢山回した人もいるかもしれない。その器具の名は、――カプセルトイ、通称ガチャガチャである。
【1から10点の得点が入ったガチャガチャで合計20点を出すこと】
『最後の最後に運試しです! 各の幸運値が試されるこの試練! 果たして勝利の女神が微笑むのは誰なのか!』
『運も実力の内とは良く言うけれど、チャンスは何時でも訪れるわけじゃ無い。自分の足下に転がり込んだ幸運をつかみ取れるか。……見届けようじゃ無いか』
シャルロットは自分は運が良いと思った。自慢では無いが、ちょっとした福引きなら何時も三等以内をゲットしてきたし、彼女の運の良さを噂に聞き、クラスの知らない人間にゲームのガチャを引いてくれと頼まれることすらあった。第一の試練、たまたま妹が見ていたアニメだった。第二の試練、たまたま自分が得意な謎解きだった。そして最初に回したガチャで『10』の文字を見た時、やっぱりと思った。
(皆に比べたら地味で取り柄なんて何も無いけど、――私、運だけは自信があるの)
視線を実況席に向けると、そこには心配そうな表情をした彼女の王子様。|立香《王子様》と出逢ったのもたまたま、だ。
『あ、コルデーさん。これお願い!』
『え? これ日直の』
『うん、そうなんだけど。私、今日用事があって早く帰らなくちゃいけなくてさ』
悪いんだけどと集めたノートを無理矢理手渡された。そして、当の本人はシャルロットの返事を聞く前に教室のドアへと駆けていく。
『え。ちょ、ちょっと待って!』
置き去りにされた大量のノートと掲げた自分の右手を往復し、シャルロットは諦めのため息をつく。仕方無いと見た目通り重いそれを持って、廊下を歩く。ふと、窓の外を見下ろすと先程の女子生徒が校門の前で見知らぬ男子生徒と手を繋いで歩いていた。
『…………』
何故自分だったのだろうという疑問は直ぐに答えが出た。頼みやすかったから。
(別に悪い事じゃ、……ないよね)
そうだと自分に言い聞かせて、再び歩を進めるがその足取りは重い。それでも何時かは目的地に辿り着く。あと少しで職員室というところ、積み上がったノートで足下にある誰かが落とした消しゴムに気づかなかった。
『きゃあっ』
バサバサとノートが廊下に散乱する。恐らく挫いたのであろう足と目の奥が熱かった。何でも無いことだ。大したことなんかじゃない。それでも、時にどうしようもなく悲しくなる瞬間が人にはあった。シャルロットにとっては、この時がその瞬間だっただけのこと。
ポツリと、緑の廊下に雨が落ちる。
『――大丈夫?』
顔を上げると、輝くような夕陽が目に入った。それが彼女の運命の一瞬。
がしゃんっ!と勢い良くレバーを回す。8点。今ので合計18点だ。
『怒濤の高得点! 10点、8点! シャルロット選手、王手をかけましたー!』
わあああ! 会場に熱気が渦巻いている。額の汗を拭いながら、シャルロットはもう一度レバーを回した。
『9点! 素晴らしい! 素晴らしい成果です! シャルロット選手が一抜けでゴールに向けて走り出します』
『試練は今のが最後だ。後は通常の障害物を走りきるだけだね』
「はぁっ、はぁっ、……ッ」
(やった! 勝った!)
そう確信したシャルロットの真横を誰かが走り抜いた。
(……え!)
黒い髪に細く長い手足。普段の彼から想像もつかない必死な表情でオベロンがシャルロットを抜き去った。
『これは驚きです! オベロン選手、奇跡の10点二連続! 当初の最下位からまさかの首位奪取です!!』
「運のっ、良さには、僕も自信があって、ねっ!」
(嘘!!!)
蜘蛛の巣のように張られたネットをくぐり抜け、オベロンが立ち上がった瞬間。後方から殺気が立ち上った。
「貴方にだけはっ、貴方にだけは勝たせませんっ! どうか御照覧あれ……、転身火生三昧!!」
「さぁさぁさぁ、ジャッジメントのお時間です♡ いざ、喰らいやがれ……、日除傘寵愛一神!!」
「!!」
どういう原理なのか不明だが炎を纏った槍がオベロン目掛けて突進してきた。咄嗟に避けようとした彼だったが、直ぐ後ろからシャルロットの悲鳴じみた叫びに踏みとどまる。
「ええっと! ええっと! これをあーしてこーしてっ! ええーい!」
クルッポー! クルッポー! 殺気に満ち満ちた鳩の鳴き声が背後に迫る。
『これは大ピンチ! 横から炎の槍、後ろからは人間に牙を剥いた平和の象徴達! オベロン選手、万事休すかー!』
冷たい汗がオベロンの背中を伝った。
「が、……頑張って! オベロン!」
「!!」
それは小さな声。けれどもマイクで拡声されたその声援はしっかりとオベロンの耳に届いた。
『ローリング炸裂ーーー!』
『おお! 見事な前転だ!』
『オベロン選手、横も後ろも防がれましたが見事にタイミングを合わせてこれらを躱しました! ああ! 炎に巻き込まれた鳩たちがカムチャッカファイアーです! 攻撃の標的を清姫選手と玉藻選手に変えました!』
「「きゃああー!」」
ぱぁんぱぁんっ!
『決着しました! 一番、第五レーン、オベロン選手! 二番、第三レーン、シャルロット選手、三番、第四レーン、刑部姫選手。第一第二レーンはコースアウトの為、失格となります』
ゴールテープを切ったオベロンは仰向けに地面に倒れ込んだ。青い空の上には白い紙吹雪が舞っている。
『単勝は5。複勝は、5,3,4。三連単は、5-3-4となります』
『一番は市場人気通りだったけれど、二番以降が見事な番狂わせだったね』
「……だから、人の勝負で賭けるなよ」
呟いた言葉はゴホッという咳でかき消される。喉を押さえたオベロンの真上に影が射した。
「お疲れ様。それから、……ありがとう」
どこかくすぐったそうに笑うその笑顔。
(きみが男でも女でも――)
それだけは変わらないと青い空とその笑顔を見上げ続けた。