その日、とある廊下にて彼らは邂逅する。
紫電の双眸をしっかりと妖精王に向けて、マシュ・キリエライトは口火を切った。
「明日の午後、シミュレーションルームを借用しました。そこで私と闘ってください、妖精王」
「君と俺とじゃ、立ち位置が違い過ぎるけど…どうするの」
「助っ人を呼んでいます。貴方もお好きにお声がけください。最大6人まででお願いします」
「……分かった」
「では」
すっとマシュは漆黒の王の傍を通り過ぎる。どきどきと鼓動が限界まで鳴る。聞こえるだろうか、聞こえただろうか。でも、だとしても、負けはしない。この時、マシュは珍しく妖精王が真の姿で廊下に立っていたことを気づかなかった。
ちらりと流し目に紫を追って、オベロンは目閉じる。闇に溶け消えて、廊下には誰もいなくなった。
「よろしくお願いします」
キリッとマシュが黒い甲冑に身を包み、盾を掲げる。
「よろしくお願いしますね」「さっさと始めなさいよ」「(同情の眼差し)」
ひくりとオベロンは頬を引きつらせた。確かに聞いた、助っ人を呼んだと。正直、モルガンやハベトロットあたりが来るのではないかと思っていたのだが、目の前にいるのは――。
聖女・ジャンヌダルク。その反転したもの、復讐者ジャンヌダルク・オルタ。そして、蜀の軍師・諸葛孔明(ウェイバー仕様)。
かつてこのカルデアで黎明期を支えてきた古参中の古参の3名。ありとあらゆる困難をマシュとマスターと共に乗り越えてきた強者だ。昨今新たな戦力増強に伴い、一線を退いたが、彼らが劣るという話ではない。限界まで強化されているので、新人に鍛錬の場を譲っているだけだ。
「儂、帰ってもいいか」「あー! 私を置いていくんですか!?」
後衛騒ぐんじゃない。俺だって帰りたい。置いていくな、本当に死ぬ。
「君さ、――」
オベロンが錚々たる面子に絶句していると、マシュが勢い込んで握り拳を作った。
「最初はモルガン陛下やハベにゃんさん頼もうかと思ったのですが、お二人ではどうしても私が甘えてしまうというか。初期にスパルタで私とマスターをサポートしてくださった御三方に無理を言って来て頂いたのです!」
ふんすふんすと彼女はやる気に満ちている。来て頂いちゃったか~とオベロンは遠くの空を見る。ざざんと波打ち際で設定されたシミュレーションルームで爽やかな潮騒が響いている。
「また、マップの選定にもご助言頂きました。こういう時は、海辺が相場と」
キリッと再び彼女は胸を張って、やり切りましたという顔だ。あれだろうか、所謂、そのヤンキー漫画などにある決闘シーンとかそういうところだろうか。ますます気が遠くなってきたオベロンだった。
俺は、俺は一体何を?
カンっと常ならば、格好よく鳴り響いたであろう旗の先端をざくっと砂場に刺して(一瞬微妙な表情になった)、ジャンヌオルタは顎を持ち上げてせせら笑う。
「あら。妖精国の虫の王に置かれましては、怖気づいてしまったかしら。随分と繊細なのね。こちら、出が卑しいもので、粗野で失礼」
「え。あれ、今私さり気に馬鹿にされました?」「ノーコメント」
あちらも随分と外野がうるさいようだ。しかし、挑発されて答えぬのは役者として名折れであろう。
「いや~、参ったなぁ。これ程の実力者達にお相手頂けるなんて。とても光栄で、光栄すぎて、力加減を間違えてしまったら……ごめんね?」
ばちりと双方に視線の火花が散る。
(ハッ、これ漫画で読みましたよ私!とアルトリアは自慢げに村正を見た。そりゃー良かったなと彼はおざなりに金の髪を撫でまわす。あ、止めてください!髪が、髪が乱れる!!)
と、唐突に「孔明!」とオルタが叫ぶ。
ぐんと空気圧が変わって、彼女の後方から魔力が流れる。魔術書を片手に、赤いマントを羽織った孔明が魔力を上昇させる。ちっ舌打ち一つ零して、オベロンは大きく後方に下がる。入れ替わるようにして、村正が前に出た。予告無しの戦闘開始だ。
「はあああっ!」
マシュが大きく前に盾を翳し、オベロンの大鎌を受け止めたまま前に進む。
「ヘラクレス!」
蟲の攻撃で往なして、横に避ける。ガラ空きになったサイドから再度刃を振るうも、聖女に阻まれる。直ぐに体制を立て直し、マシュは中衛に下がる。と横から熱源を感知。咄嗟にバックステップで後方に下がれば、目の前を漆黒の闇が走る。
「吼えたてよ、我が憤怒!」
「村正!」
攻撃時が最大の隙だ。魔力を回して、支援を飛ばす。
「全く……贅沢な注文だ。無限の剣製!!!」
「だめですよ、我が神はここにありて」
攻撃しては往なし、躱しては斬り結ぶ。
(人数差で不利とはいえ、堅すぎる――!)
正確に言えば、連携練度が高すぎる。ジャンヌも孔明も本気で攻めに来ていない為、手加減されていると分かっているが、どこから攻めようにも完璧に防がれる。歯ぎしりをするような時間が刻々と流れ、攻めあぐねる自分たちが不利だとオベロンも味方二人も分かっていた。
一手を決め切れねば、この勝負負ける。
(何かを賭けているわけでもない。マシュの自己満足に過ぎないのだから適当に負けてしまっても構わない。けれど、この面子だ。これは所謂、マシュからの挑戦状。これまでマスターと戦い抜いてきた歴戦の強者を越えねば、俺を彼女の傍には置かぬという意思表明)
視線でアルトリアが問いかける。どうするのか、と。
決まっている、自分は一瞬を待つのだ。最善の時、最善の状況。待つのには――慣れている。
攻防続く中、マシュが盾を掲げ攻撃姿勢を取ったが、ガクンと体制を崩した。余裕がある3人とは対照的にマシュの疲労は目に見えた。今、この時!宝具を打たんとした時、恐ろしい蹴りが飛来する。オルタだ。彼女の神髄は宝具にあらず。クリティカルによる圧倒的な蹴り上げだ。食らえば退場間違いなし。
「オベロン!」
アルトリアのスキルが間に合った。青い魔力に包まれて、一時的な無敵状態を得る。
「(このまま押し切らせてもらう!)黄昏を喰らえ、彼方とおちる夢の瞳!!」
大きな虚が迫る。頭上の黒を見上げてマシュは心内で叫んだ。
(負ける、負けてしまう! いや、いや、いやです! 私は、――先輩!)
「マシュ、負けるな! 自分に負けるな!!」
宝具を打てと、孔明が魔力を回す。そうだ―負けてはいけない、他ならぬ、弱き自分に!!
「! はい! 真名、凍結展開。これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城。呼応せよ、『いまは脆き夢想の城』!」
オベロンの宝具の黒と歪なマシュの宝具の白が接触――。後、音が弾けた。
まるで大砲(その比ではないが)でも打ったかのような轟音後、両者は地面に立っていた。リソースは吐ききった。白と黒の聖女は余力がありそうだが、これ以上の動きは見せない。孔明も同様だ。ただ、マシュが必死に盾を軸に立っていた。脆き壁では威力は半減しか出来なかった。全身が重い。盾が持てなくなる。
がらんと音を立てて、盾が滑り落ちた。あんなに、必死で持ち続けた盾が握れない。星すら焼く高熱源の死の間際にすら手放さなかったのに。悔しさに涙が零れ落ちる。少女の慟哭が波間に翔ける。
「ひっ、ひぅ。あ、あっああ!」
はぁはぁと余裕無く、オベロンは立ったまま、マシュの前まで歩く。正直頭がぐらぐらして、呼吸困難で倒れてしまいたい。膝をつかなかったのは、意地だった。
「この際だからはっきり言う。俺は君が嫌いだ。」
この期に及んで追い打ちとは、呆れた視線が前方と後方から刺さる。うるさい、黙ってろ。
「無邪気で無垢で真っすぐで、大っ嫌いだ」
「わ、私も、あ、貴方がき、き、きらいです……」
「そいつは良かった。ある意味、相思相愛だね。……げほっ。はーっ、ふう。 でも、君はあいつの大事な後輩なんだろ。いいよ、もう。理解したよ」
ぽかんと幼子のような紫苑が黒を見上げた。一拍もせず、顔がくしゃりと歪む。
「……でも、でも!もう私では守れないんです! わ、私は先輩のファーストサーヴァントなのに!
せめて、心だけでも守りたくて、だけど、もう、…先輩は何も言ってくれない。 私が弱くなったから? 私が世界を願ってしまったから? 私に貴方のような特別な眼があれば良かった。 先輩が私を疎んでいても、役立たずだと呆れられても、その心が知れたら――」
「どんなすれ違いだよ、君ら。ふー、マスターが君を憎んでいたらどんなに話が楽だったか。……『私の唯一。守るべき大事な後輩』だってさ」
すんすんと鼻をすすりながら、マシュはじっとオベロンを見つめた。
「見捨てろって言ったら、ガチ切れされたんだよ。マスターは一番だけど、君は零番。特別なんだってさ」
ぽろぽろと涙が止まらなくなったマシュはとうとう俯いてすすり泣きを始めた。
「あー、いーってやろいってやろ。オベロンがーマシュをー泣かせましたー」
「ア~ル~ト~リ~ア~。この間、スイーツ作ろうとしてキッチンめちゃくちゃに汚したのをエミヤにばらされたいの? 泣きついて俺のところ来たのは、さて、誰だったかなぁ??」
アルトリアは両手を口の横に当てて揶揄っていたが、シュッと村正の後ろに隠れた。ごちんとグーで殴られていた。ざまあみろ。
「せ、ひ。。。。ひっ。」
「君ね、落ち着いてからしゃべったら?」
「ずびっ、すみません」
差し出されたハンカチを顔全体に当てながら、マシュは必死に呼吸を整えた。
ややもして、彼女はぽつりと呟いた。
「好きだったと、貴方に恋をしたのだと、おっしゃっていました」
「え、嘘。君、それを今ここでいうの? このメンバーの前で?」
マシュは自己の世界に入っているのか、全くオベロンの焦りを聞いていなかった。
「あらまぁ。」「へえ、あの子がねぇ。」「おい辞めてやれ、流石に見てる方がつらいこれ。」
「(羞恥で死ぬかもしれないな、俺)」
「マスター失格だと仰るのです。……そんなことはありません。誰かを想う気持ちは、とても、とても尊く、美しい心だと私は思っています。先輩が好きです、大好きです。これがどういった種類の気持ちなのか、私自身判断出来る程の経験がないので、時折に迷うのですが。だけど、マスターが好きというこの心は、紛れもなく私の真実なのです」
「……」
ざざん、ざざんと波音が響く中、生温い潮風が彼の、彼女の髪を浚う。
『マスター失格だね。ごめんね、情けない姿を見せて。ねぇ、マシュ。この恋はもう置いていくしかないんだけどね。良かったら、マシュに覚えていてほしい。 私はマスターだから、心は全部ココに置いていくよ。……ちょっとしんどいけど。もし、マシュがそれを覚えていてくれたら、私はきっと大丈夫!』
「妖精王オベロン、教えてください。これは、私が受け取るべきものでしょうか」
「どいつもこいつも阿呆ばかりだな。…悪いんだけどさ、ソレ。返してくれる? 熨斗付けて、本人に返してくるから」