交響曲★一章:その知らせは突然に

空と天と宙と――

異聞帯の果て、7つの空想樹を伐採し、最後の戦いに挑む。
苛烈で熾烈な戦いの最中、一条の光が、1人の人間の胸を貫いた。

「「「マスター!」」」

(糞くそクソ糞くそ!!!)
心中で己の油断を最大限に罵りながら、オベロンは倒れ伏した娘の下に駆け寄る。途中、襲い掛かって来る敵の攻撃が彼の薄羽を焼こうとも構わなかった。ざっと砂埃をあげて地面に付した娘を抱き上げる。また一条。横滑りしながら、その光を避けた。はっはっと息を荒げながら、波状する攻撃の合間を縫って、胸に抱え込んだものを見た。
「――は」

茫洋とした瞳に意思は無く、薄く開かれた唇からは生命の音はしなかった。白い服の上に真っ赤な薔薇が咲いている。彼の愛しい光はどこにもなかった。

「アスクレピオス!!!」
医神の神の名を呼ばう。死を遠ざけたと逸話を持つ者を。
(行くな行くな行くな――藤丸立香!)
自陣に絶望の風が吹き、戦う相手の勝利の哄笑が響き渡る。

と、小さな光が娘の上に舞い降りた。ひとつ、ふたつ、みっつ。全部で7つの光。蛍のような光はやがて人型になった。獣の姿をした青年、少女、双子の姉弟――。彼らは各々に黄金の杯を捧げ持つ。
「……」
戦場にありながら、その瞬間、静寂があった。どこからか歌が聞こえる。ゆっくりと杯から黄金の水が注がれた。水は藤丸立香を浸し、水溜まりとなり、やがて、柱のように真っ直ぐに上に登り始める。段々と大きくなるその奔流は、その形は、大樹となった。黄金の空想樹――。

『これは一体』
音声機を通して、カルデアベースの困惑の声が届く。呆然と樹を見上げていたオベロンは、ふと抱えている重みが軽くなったのを感じる。ばっと視線をマスターに戻した。彼女はふわりと薄く宙に浮いていた。掴もうとした虫の手は空を切る。7つの人影を従えて、娘はゆっくりと黄金の樹の根元に立った。
黄金の瞳――太陽の如く、開かれた瞳が闇を切り裂いた。

最大の敵、全ての始まりにして終わりのものが咆哮を上げる。それは畏怖なるものに対する本能からの威嚇。

(通りで勝てないわけだよ)
オベロンは呆然と彼女を見て、己が敗北した理由に得心した。

藤丸立香の後ろには何十、何百という人間が立っていた。どことなく皆彼女に似た雰囲気を感じる。
(たかが数十年。人類幾星霜の流れに勝てるわけが無かったな。)
苦笑しながら、オベロンは立ちあがり、我らが主人の勝どきの声を待った。彼女の過去に賞賛を、彼女の未来に祝福を、彼女の今に奇跡を。
「あの日の答えを今ここに――!」

朝焼けデイブレイク――かくして、汎人類史はその漂白化を跳ねのけて、明日へと時計の針を進めたのだ。

「「「「「いえーーーーーーい!」」」」」
勝利の宴は三日三晩、いや、ほぼ一週間程続いている。あちらこちらで酒盛り、相撲取り、腕相撲自慢、シューティングゲーム大会などなどのレクレーションが行われていた。普段なら厳しく、いい加減にしなさいよ!と指導する側である所長ですら、神霊カイニスと酒を飲み交わしている。どちらかというと食事の世話がメインのようだが。兎にも角にも、カルデア全体、祝賀ムード真っただ中であった。
とそこに、ダヴィンチちゃんがピピピーっ!とけたたましいホイッスルととともに飛び込んできた。

「た、た、大変だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ざわっ。歴戦の戦士は各々の得物を握る。
「立香ちゃんが……」
マスターの名前にどよめきが大きくなる。ざわっざわっ。思わず、オベロンとキャストリアも腰を浮かせた。このような場に彼がいることは非常にレアだったが、いい加減他の仲間と交流を持てとアルトリアに引きずってこられていたのだ。緊急の連絡を聞き、ダヴィンチに誰何する。ただならぬ気配に彼の陰に潜む虫たちも騒ぎ立てていく。
「何? ……マスターに何かあったの。」
ごくりと皆が息を飲む中、ダヴィンチがカルデアを震撼させる恐るべき事実を口にした。
「立香ちゃんが……
しんっと静寂が満ちた。一秒二秒、各方面から怒髪天が上がる。その矛先はカルデア(男性)スタッフだ。
「おい。速やかに名乗り出ろ。だれだ? 彼女を汚したのは。バラバラに切り刻んで虫の餌にしてやる」
「違う違う違う、誤解だ!!!!」
ムニエルはじめ、スタッフは高速で首を横に振る。
「お前たちじゃないというなら誰だっていうんだ。サーヴァントに生殖能力は無い。消去法だろうが」
言葉遣い荒々しく、ごうと彼の手から虫の黒煙があがる。オベロンだけでない、剣呑な空気があちらこちらから立ち上っている。
「待ってくれ妖精王。彼らの潔白は私が保証する。というか、むしろ別の可能性のほうが問題なんだよ」
「はあ? なんだよ、別の可能性って……」
必死に怒りの矛先から逃れようとするスタッフを庇いながら、ダヴィンチは怒りの面々をどうどうと諫めた。
「よくよく調べたんだけど、どうも普通の人間にはありえない魔力量なんだ。どちらかというとサーヴァントのような」
嘘だろ。とまた集った人垣から騒めきが広がっていく。そんなことはありえるのだろうか。
「待って。それは、俺たちの誰かってことかい? ありえなくない? 誰も受肉なんてしてないだろう。それともそんな人物に心当たりが?」
「うん、うん、分かっているよ。オベロン、君の言い分は正しい。あと、非常に申し上げにくいんだが、」
なんだよと再びオベロンが先を促す。ちらりと彼を一瞥してダヴィンチは、言葉続けた。
「スキャンをした結果、。霊基といっていいのかな。うん、そのパターンがね、ころころと変わってね。
ねえ、あのさ、オベロン。聞いた話じゃないかい?」
しんっと先程よりも深い沈黙が下りる。
「え」
アルトリアから驚愕と侮蔑の声があがった。
「オベロン、貴方……!」
「待て! まてまてまてまて! え? いや、なんで」
「心当たりはないかい?」
「無いよ!?」
「最近、彼女と愛を交わしてない?」
「……いや、それは、うん、なんというかね」
ある。とてもある。先日の戦いの後、彼女の命が一度絶たれ、その衝撃が冷めやらず。彼女の命を確かめたくて。その夜は、そう――、とても深く深く愛を確かめ合った。
じっとりとした視線の真ん中で、オベロンは釈明の声を上げる。
「いやさ、おかしくない? だとしても、だよ。数日前じゃないか。人間ってそんな直ぐに妊娠するの。てか、そんな初期で分かる訳? 帰還後のメディカルチェックと医療ケアの時には何も言わなかっただろ」
「うーん、そうなんだ。今回はね、エウロペが突然来てね。おめでとう、って立香ちゃんに声をかけて、事と次第が発覚したんだよ。何のことだとメディカルメンバ総出で調べたら、その、妊娠してるって分かってさ。というか、こっち以上に驚きの事実があったんだった。先にこっちを言うべきだったね」
と呑気にダヴィンチは、ごめんごめんと笑いながら続けた。
何なんだ。これ以上の驚くべきことがどこにあるっていうんだ。がるるとオベロンは心中で唸り声をあげる。が、そんな彼を気にもせず、少女は告げた。
「スキャンした結果、立香ちゃんの中に聖杯の反応を確認した。しかも、7つ」
(???????)
カルデアのみんなの心はひとつになったスペースアウトした
「うん、多分この聖杯のせいじゃないかなーってのが私とホームズの見解だよ。聖杯が多分、立香ちゃんとオベロンの愛を形にしちゃったんじゃないかな!」
おめでとう、パパ!と朗らかにダヴィンチはオベロンの肩を叩いた。なんだかやけっぱちに聞こえるのは気のせいではない。

「……(すう)はああああああああああああああああああああああ!?」

20xx年xx月xx日、その日、妖精王の絶叫が木霊した。