古今東西、老若男女、神在りて、鬼在りて、人ぞ在る。
ここは歴史家や民俗学者が見ればひっくり返ること間違いなしの、様々な英霊たちが集う場所、カルデア人理継続保証機関。
そんな星見の灯台では、嵐が吹き荒れていた――。
「ぜっっっっっったい女の子です!!」
「馬鹿な、世継ぎとなる為に男に決まっているでしょう」
「そんなの固定観念ですよ、これだから旧時代の考え方をする人は」
「なんだと。 ……いいでしょう、今すぐこの場でどちらが正しいのか決着をつけてあげます」
「うわわ、暴力はんたーい! !村正ぁ、助けて!!」
(……触らぬ神に祟りなし)
刀鍛冶は黙して語らず、つまみを口に、両手を上げて降参のポーズだ。
「もー、どっちでもいいじゃん! それよりもさ、おくるみ、どんなのがいいかなぁ? うさぎ? くま? 猫もいいなぁ!」
「うさぎがいいと思います」「犬です」
再びゴングが鳴った、二人はお互い杖を振り回しながら主張を変えない。
話題を振ったハベにゃんは、うん、やっぱり猫にしようと裁縫仲間の下に去っていった。
「なるほど、マスターの子とな。あれは太陽の瞳を持つ者。それ! すなわち! この太陽王の娘と同義である! よって、生まれ来る子はこのファラオ・オジマンディアスの血に連なるものと言って過言ではあるまい!」
過言である。
フハハハハハとエジプト王が声高に哄笑を響かせるその前に、立ち上がる者がある。
「何を言うか。あれは我が雑種、―ウルクの精神を持った女よ。つまり、あれはウルクの民。
であれば、生まれる子もまたウルクの民。ふっ、自明の理であったな」
フハハハハハとドヤ顔で英雄が腕を構えて天を仰ぎ笑う。
「「フハハハハハハハ」」
笑い声がユニゾンして、凄いことになっている。控えめに言って、とてもうるさい。
そんな彼らの背後にも、それぞれの陣営が事を構えている。
青コーナー、ニトクリス。
「ファラオ・オジマンディアスの御前でなんという傲慢…。不敬者!
かの方がそうと仰るのであれば、太陽は西より上り、王墓は逆位置こそが正位置となるのです。(※ハロウィン参照)つまり、そう、同盟者は我らが血族というわけなのです。ふふふ、生まれてくる子はさぞや太陽の威光を帯びた美しいものでありましょう。ええそうです、きっとそうです」
赤コーナー、エルキドゥ。
「マスターの子供か。それはとても……いいね。彼女は優れた使い手だった。魔力がどうとかじゃなくて、兵器として、英霊として、彼女は素晴らしいマスターだと断言できる。だから、彼女の子供もきっと素晴らしい使い手になるだろう。……優秀な脳に使えたいと思うのは、兵器として当然の結路だよね」
「ふむ…ふうむ。なんと。最近の衣装は実に多彩な」
『色は黒がよい―、闇夜に紛れやすく、暴虐の徒の目くらましとなろう』
「黒、黒か。しかし、このように色鮮やかなものが世にあるのだ。折角なのだから、紫などどうだろうか?」
他の組に比べれば比較的に穏やかな部類ではあるが、対峙するものが穏やかではない。異聞帯の王、影の国の女神、スカサハ・スカディ。暗殺集団ハサン、その元始、山の翁。
とても常人が立ち入れぬ圧の中で、ハサン達は怯え慄いている。意見するなど無謀中の無謀。だというのに、翁がこちらを見るではないか。お前たちも黒が良いと思うだろう、……思うな?
頷きたくない、頷きたくは無いが、頷かねば首が飛ぶ。両手を組み祈りを捧げつつ、彼らは首を縦に振る。
「ほう」
びゅおおおっと極寒の雪が冷気が、彼らの顔に正面から叩きつけられる。女王の赤い瞳は血の色よりも尚、紅く――。
(((どっちもどっち――!)))
憐れ、首か凍結か、どちらかの道しか彼らの前には残されていなかった。
――と、このように場は混迷を極めていた。
時を同じくして、オベロンの脳内も混迷を極めていた。
(パパ? 誰が? 俺が??????)
思考を宇宙の果てに飛ばしている彼の肩を、ぽんぽんと叩くものが在る。
叩かれた肩の方を機械的に見れば、何もかもが真っ黒な青年が立っている――アンリマユ・最弱最悪のサーヴァント。
別にお友達というわけではないが、オベロンにとっては陽気な汎人類史英霊に比べて比較的波長の合う人物だった。人を憎み、この世を憎悪するもの同士。どことなくやる気がないところも似ているかもしれない。
彼が真っ黒の顔の中でもにんまりと笑ったのが分かった。
「よ!お兄さん、顔に似合わず、やることやってんだな。どうなのよ、実際マスターは?(ニマニマ)」
「ふんっ!」「あだっ!」
巨大ダンゴムシを彼の顔に投げつける。巨体に飲まれて黒い何かは倒れ伏した。ひどい!という声が下から聞こえたが、オベロンは冷えた目で黙殺した。しかし、彼のお陰で思考は少し晴れた。(決して、感謝はしないが。)
彼は騒ぎが起こるまで座っていた椅子に再度、腰かける。ふーっと三度深呼吸を繰り返す。その様をなんとなしにダヴィンチは眺めていた。爆弾を放り込んだ張本人だというのに呑気に紅茶を啜っている。胡乱気に彼女を見やって、オベロンは尋ねた。
「念の為の確認だけどさ。勘違いってことはないんだね?間違いなく、その……子供がいると」
「ないよ」
スパンと帰ってきた答えにオベロンはがっくりと首を落とす。いや、別に嫌なわけではない。嫌なわけではないのだが、色々と心の準備というやつが追い付いていない。
「こちらも色々と調べた上での発言さ。一種の幻惑や|仮初のもの《実在しないもの》ということもありえなくはないんだけど。なんというか、こればっかりは見たほうが早いと思うなー。」
「……」
見る―、という言葉に動揺する。自分の子を身籠ったという立香を想像する。…正直、これからどんな顔して会えばいいのか分からない。
「オベロン、大丈夫かい? 顔が真っ赤だけど」
「…………」
無理。とにかく無理。今は絶対に会えない。立香+自分の子供という組み合わせは、こう…、中々にクルものがある訳で。
ぽんぽんと再び肩を叩かれた。
(アンリマユ、またかこの野郎)
「あのねぇ! …………………………」
「びっくりした。どうしたの、そんなに声を荒げて(その姿で言動は乱すのは、珍しいね?)」
立香が立っていた。緋色の髪に、キラキラ光る黄金の瞳。いつもと変わらぬ娘の姿を、呆然とオベロンは見た。まるでお化けにでも会ったように呆けるオベロンに立香は微笑む。どうしたの?と優しく視線が訪ねている。
なんだかとても大人びて見えるような、綺麗になったような?
そして、そっと腹に添えられた手を見てしまい、――オベロンの脳内は爆発した。
ガタンっと席を立ちあがり、彼は叫んだ。
「責任は取るから!!!!!!!」
もっと他に選ぶべき言葉があったのではないか。と問う周りに、あの時は頭に血が上っていて何も考えられなかったんだ。あんなの俺だってやり直したい、と彼は後に語る。
こうして、この何とも格好のつかない食堂プロポーズは、終わりなきマスターの子身内戦争に爆笑という名の終わりを告げた。