日曜日が嫌い。優柔不断な自分が嫌い。弱い自分が嫌い。
あの子に振り向いてもらえなくて、あの人に嫉妬する。
そんな醜い自分が、――一番嫌い。
◆◆◆
人理定礎値:B+
年代:A.D.0060
場所:古代ローマ
「間違いありません、ここは古代ローマです」
『やはりそうか、では』
マシュとドクターがお互いの認識合わせをする中で、涼やかな声が差し挟まれる。
「その前に、いいかい?」
声の主を見返しながら、マシュが応えた。
「はい、なんでしょう。オベロンさん」
彼は眉を八の字にしながら、オフェリアを見つめる。
「今更だけど、どうして僕とマスターまで? 優秀なマスターがいるんだから、不要じゃないかな」
オフェリアは一度身を震わせて、左手を抑えた。そのほんのわずかの動作に気付いたのはオベロンと立香だけで。何か言葉を発しようとした立香は、そっと沈黙する。オベロンの長い指が彼女の手の甲に触れていた。――赤い令呪に突き刺すような人差し指。
「わ、私が、頼んだの」
人理救済なんて途方も無い。カドックは「場違いだ」と自虐して笑ったが、そんなことはない。オフェリアだって、何が何だか分かっていないのだ。だけれど、カドックは見事にオルレアンの歴史を正して見せた。指名されるまで、どうか神様選ばれませんようにとモニタールームの片隅に佇んでいた自分とは雲泥の差。どうして怖気づにいられよう。
「勿論、精一杯私も尽力するわ。でも、これはシミュレーションじゃない。失敗なんて出来ない。だから、少しでも成功率を上げたくてお願いしたの。……マシュも貴方達がいてくれたら、心強いでしょう?」
「! はい、お気遣いありがとうございます。オフェリアさん」
マシュは感謝の言葉を述べる、蕾が綻ぶような小さな笑みを添えて。……彼女は、気づいているだろうか。オフェリアだけでは、不安だと。――そう、言っていることに。春の芽吹きは、極寒のような冷たさを伴ってオフェリアを訪った。
『一番身の危険がある立香くんにリスクを冒してもらっていることは、本当に申し訳ないと思っている。でも、……』
カルデアからのバックアップを万全に考えると、どうしてもマシュの存在が欠かせない。龍脈へのアクセスと召喚、戦闘員、聖杯の回収、などなど。あらゆるサポートが彼女を基盤としている。そして、マシュは例の事故の際に立香のデミサーヴァントとして成立してしまっているので、マシュが行くならば、マスターの立香も行かねばならない。そういう状況になってしまった。
オベロンは腰に手を当てて息を吐いた。
「……分かったよ」
右手、相手の盾を吹き飛ばし、左足、相手の足部を蹴り飛ばし、体勢を崩した兵士の首を――、斬り落とせなかった。代わりに神経系の魔術で昏倒させる。
「はぁっ、はぁっ、」
息が、上がる。体力も魔力も十二分に余力があるのに。心臓が、小鳥のそれのように震えているから。
「はっー、……」
オフェリアは、深くひと呼吸してから周りを見渡した。粗方はオフェリアと、絢爛豪華と百花繚乱を掛け合わせたような美少女とその軍勢が相手を圧制していた為、まばらに逃走する兵士が見えるのみ。脅威が去りつつあることにホッと胸を撫で下ろした。
「やぁああ!」
紫電一閃。勇ましい叫び声とともに、マシュが大盾で前列の兵士を吹き飛ばす。相手の体が木の葉のように宙に舞うので、聊か面喰ってしまうオフェリア。
(死んでないかしら?)
彼女の杞憂を他所に、がしゃりと盾を地面に突き刺したマシュは、同じくほっとしたように息を吐き、――オフェリアと視線を混じらせた。
『困惑、不安、恐怖』
オフェリアほどでないものの、マシュの視線に自分と同じ色を感じ取って、(ああっ)と心の底から安堵する。だって、怖い。戦って相手の命を奪うことが。怖くて、怖くて仕方がない。私は、私達は、魔術師なのに――。「う、うわああああっ!」
「「え?」」
一人の兵士が血みどろの剣をマシュに振り下ろした。一瞬気を緩ませてしまった彼女たちの背後からの一打は、防ぎようも無くて。
(あ、魔眼を)
左目の眼帯に指先を触れて、
「――じ(事象)、」
『オフェリア、オフェリア』
脳の中で、お母さまの声がした。
『ああ――、私達の可愛いオフェリア』
魔眼は、発動、しなかった。
◆◆◆
「うぇっ、げほっ、……っ」
喉をせり上がる気持ち悪さに嘔吐いて、木の根に吐瀉物を吐きだした。震える右手で必死に口元を抑えていると、――がさりと背後から物音。敵性生物かと、素早く振り返った。ふわふわとした毛並みの蚕と白い外套を肩に載せ、その魔物は柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
「大丈夫かい?」
胃液を手の甲で拭いながら、オフェリアは視線を逸らす。
「……放っておいて」
内心安堵していた。
(マシュじゃなくて、良かった)
「マシュじゃなくて、良かった」
「!」
……ぞわり。薄いその背に氷柱を突きさされたようだった。咄嗟に相手の方へと視線を戻す。白い魔物は、花のような笑みを浮かべてオフェリアを見つめている。瞳に力を込めても、そこにあるのは本当の慈愛の色で、……寒気が止まらない。
「――って、顔をしてるね」
からからの喉から、ひゅうという空気が漏れる。
『オフェリア、オフェリア。相手から視線を外してはだめ。特に貴方は』
(おかあさま)
『大丈夫よ、オフェリア。貴方にはとっても素晴らしい祝福があるわ』
(おかあさま!)
『だから、――』
「目を逸らしてはいけないよ」
とうとう足に力が入らなくなった。座り込みそうになる足を叱咤して、一歩二歩と後ずさる。
「やめて、」
「可哀そうに」
「やめ、て、」
「さっきもそうだった」
「ちがう、やめて」
「僕が助けなければ、マシュは酷い目にあっていたかもしれない」
「ちがうの、ちがうの、た、たすけようとしたの」
「……」
「ほんとうに! たすけようとしたの、うそじゃない」
オベロンは殊更に眦を緩ませて、囁いた。
「でも、出来なかった」
「――――!」
音にならない悲鳴がオフェリアの口から転び出た。がちがちと歯の音が口の中で響き喚く。
(ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ゴメンナサイ!)
「分かっているとも」
優しい声が、雪のように降ってくる。
「誰だって、今より少しだけ幸福になりたいんだろ?」
(幸福に? なにをどうすれば、幸せになれるの。どうやって、息をしたらいいかもわからないのに)
「……。いいとも。せめて、息の仕方くらいは教えてあげるよ」
深紅の薔薇が高らかに謳い上げる。
「真のローマを守護する者。
まさしく、ローマそのものである者。
余こそ――、ローマ帝国第五皇帝、
ネロ・クラウディウスである!」
(歴史、って。何なの?)
呆気にとられるオフェリアに向かって、薔薇が微笑んだ。
「そなた、先ほどは見事な戦いぶりであった。戦乙女とはかくあるべしと思うほどよ!」
手放しの賛辞にオフェリアは一瞬どう答えるべきか迷う。
「はい! 素晴らしい戦闘記録でした、オフェリアさん!」
「マシュ……、わ、私はすべきことをしただけよ」
胸の奥に温かな光が灯る。少しだけ、自分が誇れるような気がした。
『流石はオフェリアだね』
突如聞こえてきた流麗な声に身を震わせるオフェリア。
「キ、キリシュタリア」
ぶわりと顔に集まった血液が、オフェリアの白磁の頬を薔薇色に染め上げる。それを見たネロは「ほほぅ」と実に楽し気な声をあげた。
「うむ! 美少女はいいが、恥じらう美少女はもっとよい!」
「からかわないで」
ふふとマシュにまで笑われてしまい、オフェリアは顔俯かせるしかなかった。
そんな三人を遠目に――。オベロンは、呟いた。
「羨ましい?」
隣にある自分よりひと回り小さなマスターの体が少し揺れた。けれど、橙色のその頭は決して俯かず、真っ直ぐに少女たちを見つめている。
「……ちょっとだけ。でも、」
所々に荒れた細い指が、オベロンの節くれだった指に緩やかに絡まる。
「きみがいてくれるから」
握り返された指は、驚くほど強く、そして――、温かさに満ちていた。
◆◆◆
「デミ・サーヴァント風情がよくやるものだ」
侮辱の言葉は、酷く胸を裂いた。自分にこれほどの怒りという感情があったとは驚きだった。
「レフ!」
教授とはもう呼ばない。もうひとりの自分を貶す相手に払う礼儀などないのだから。
「オフェリアか」
憐憫と困惑の混じった視線で、レフ・ライノールは尋ねる。
「なぜ生きている?」
(え?)
「まあ、いい。抵抗しても何の意味もない。結末は確定している。いくら君の魔眼と言えどもこの結末を留めることは出来ない。ハハ、フハハハハ! そうだ! 貴様たちは無意味、無能なのだから!」
見知った相手はこの世のものとは思えぬ肉柱となり、ぷかりと浮かんだ疑問は泡ぶくのように立ち消えてしまう。――眼前に巨大な危機が迫っていた。
光線が雨粒のように降り注ぐ。空中に足場を作成し、子ウサギのように飛び跳ね、一条一条を避け続けた。最後の一段を力いっぱい踏みしめて。
「やぁああ!」
魔力で編んだ魔槍で振りぬいた。ぐちゃり――、という確かに肉を斬る手応えに手元が緩みそうになるが、奥歯を噛みしめてそれを耐えた。
「馬鹿な。こんなことが――」
(ああ、これで終われる)
そう確信したのに。……切実なその想いは二度砕かれた。
一度目は、レフに。二度目は、アルテラに。
「私は、フンヌの戦士である。そして、この西方世界を滅ぼす、破壊の大王」
神の鞭という名の、魂さえも震えそうになる魔力圧に。なす術も無く、オフェリアは大理石の床に座り込んだ。
「こんなの勝てない」
勝てるわけがないと呟いて、彼女は……。くすりと忍び笑いを零す。呟いた言葉に安堵の色。『ほらやっぱり』、とオフェリアは自嘲した。
「――ッ、マシュッ! 宝具展開! 急げ!」
(え?)
ああ、これで何度目の……。
なんて間抜け。なんて無様。
なんて無価値な人間なんだろう、わたしは。
緋色の髪の少女。私達とは違う、普通の女の子、――なのに。
(どうして?)
貴方は、私の横に立っている。きっと誰よりも恐れも不安もあるのに。
それでも貴方は。勇敢に、そして毅然と立っている。
「オフェリア!」
「え!? わ。わたし?」
「魔眼を!」
――遷延の魔眼、可能性を視る、あるいは、都合の悪い可能性の発生を先延ばしに出来る能力。それを使えと彼女は言っている。あの、人間には到底太刀打ち出来ない強力な英霊の宝具に、使えといっているのだ。
(無理よ!)
叫んでしまいたかった。だって、あまりにも遠すぎる。この世に万能な力など存在しない。彼女の魔眼とて、あまりにも遠い可能性には道端に転がっている石ころと同じなのだ。
「フォトン・レイ(軍神の剣)」
鮮やかな三原色。
いっそ涙が出るほど綺麗な魔力の渦に包まれて、
(どうしてかしら。七色だったらもっと良かったのに、なんて)
◆◆◆
「まったく、世話が焼ける!」
オフェリアが瞳を閉じようとした刹那、どこからか声がした。
「何時まで現実から目を逸らすつもりだい? そこに馬鹿の見本みたいなやつがいるだろう? ……怖くてもいい。不安でもいい。間違いでも嘘でも見栄でも、いい。たったひとつ、裏切りたくない失いたくないものの為に。さあ……、顔をあげて」
『夢の――、おわり』
(うらぎりたくないもの、……うしないたくないもの)
それは、何だっただろうか。紫色の、愛すべき家族の、敬愛する金の、輝ける明日に届く虹色の、なにか。……だった気がするが、はっきりとは分からない。
されど、言うべきことは、為すべきことはたったひとつ。
「───私は、それが輝くさまを視ない!」
ぼうっと平野に佇んで。オフェリアは呟いた。
「マシュ」
「は、はい!」
「帰ったら、お茶会をしましょう」
「え。あ、ええっと、はい?」
「ペペと、芥と、貴方と、それからあの人も呼んで」
「!」
はい!と涙ぐみながらマシュが力強く頷く。
(こんな簡単なことだったの)
「帰ったら……。かえったら、わたし、貴方と」
(友達になりたいわ)
「え!? オフェリアさん!? オフェリアさん! しっかり!」
傾いだ体はふわふわと、とてもいい気持で。
オフェリアは、そのまま幸福な夢へと落ちていった。
「いたたっ」
酷い目にあった。
「マシュにはもう少し力加減を勉強してもらう必要があるわね」
これと言うのも、オフェリアにマッサージの権利を譲った……否、押し付けた藤丸のせいなのだが。でも、感謝もしている。
(お茶会よりも盛り上がっちゃった)
同性と同じベッドでああでもないこうでもないと騒ぐなんてカルデアに来る前の自分は到底信じられないだろう。と、廊下の奥で、もう見慣れた緋色を見つける。
「ふ、」
藤丸と続けようとした言葉は、きゅっと口の中に留める。
(な、なにしてるの!)
オフェリアは壁に張り付きながら、身を隠す。仕方のないことだ。藤丸は絶賛『取り込み中』だった。
「んっ、ふぅ、……んんっ、」
艶めかしい声が廊下の反射して、少し離れた場所にいるオフェリアの耳に届く。どうしよう、と進退窮まった彼女を他所に、藤丸は苦し気に非難の声を上げた。
「や、やめて。そんなに、吸わないで」
「どの口が言うのかな。やめて? ……もっと、だろ?」
「嘘! さっきから私の魔力ばっかり吸って、……そんなに魔力を吸われたら歩けなくなるよ」
くすくすと男の笑い声。それ聞き取りながら、オフェリアは不思議に思う。あの二人は一体どういう関係なのだろうか。今の会話のやりとりからも魔力供給を目的とした肉体関係を持っていることは明らかで、通常のマスターとサーヴァントであるならばそういったこともあるだろう。だけれど、それだけではないとオフェリアの直感が告げている。
「そんなに拗ねるなよ」
「拗ねる?」
「僕があの娘を気にかけたのが、そんなに気に入らない?」
「あのこ? オフェリアのこと?」
「そう」
突然出てきた自分の名前に、オフェリアはますます壁にへばり付く。(某英霊がいれば、「スライムみたいっすね」と評したことであろう。)このように盗み聞きなんて悪い子のすることだ。後でばれたら、どうしようと先ほどまでの疑問を吹っ飛ばして、オフェリアは「助けてペペ!」と頼れる友人に念を飛ばす。残念ながら、彼の深い愛をもってもそれは叶わなかったが。
「珍しいなとは思ったよ。でも、むしろ嬉しかったし」
「またまた~」
「放っておけなかったんでしょう?」
「……」
ほらね、と今度は藤丸が笑う。
(何かしら。まるで、両親のラブシーンを見ているような)
娘の成長や葛藤を見守る保護者の様相を呈して来た雰囲気に、オフェリアは壁のスライムを止めて、その背を預けることにした。ずるずると壁伝いに下がっていき、膝を抱えて顔を伏せた。
(やめて。私の方が年上なのに、)
恥ずかしい。でも、嬉しい。
未熟な自分の精神を、そのままでいいと肯定されることが。こんなにも息がしやすいことなのだとは思わなかった。ぐずぐずと甘やかされている感覚に戸惑う。
「羨ましいかって聞かれたけど、今は微笑ましいかな? ねえ、気づいた? オフェリアね。笑うと左側にえくぼが出来るんだよ。……可愛いよね」
(やめて!)
「ふーん」
「そう、だから拗ねてないよ」
「へー、そうなんだぁ」
気の無い返事に、オフェリアはあれ?と伏せていた顔を上げる。
「え? なに? 随分と含みがある……。本当に気にしてないってば。ん? んん? あれ、もしかして……。『拗ねてほしかった』の?」
「――、デリカシーって言葉知ってる?」
「「っ」」
向こうと此方で必死に笑いをかみ殺す音がシンクロする。可愛いと思ってしまった。ああ、可笑しいと目尻に滲んだ涙を拭う。
(次のお茶会に誘ったら、来てくれるかしら)
新たな楽しみを得たオフェリアは弾むような足取りで来た道を戻っていく。――が、
「痛い!」
数歩歩いたところで体中に残った痺れるような痛みを思い出した。
◆◆◆
「ふふ」
何時まで笑っているの、とオベロンは立香の腰を更に自分の方へと引き寄せた。
「だって。可愛いから」
顎先で旋毛をぐりぐりと抉れば、痛い!と悲鳴があがる。それすら笑みを含んでいたので、オベロンは右膝を彼女の股座に押し当てて、左手で彼女のスカートを捲り上げた。
「え! ちょっと!」
黒いストッキングの為、伺い知ることは出来ないが、英霊の鋭い嗅覚が湿った匂いをかぎ取る。それに口の端を吊り上げて――。
「いい度胸じゃないか、え?」
膝を強く押し当てると、柔らかい肉がぐちゅりと潰れたのが分かった。仄暗い欲望が込み上げて、そのまま数度、膝を当てては引くを繰り返して、逃げる腰を追いかけた。
「あっ、やっ、お願い、こんなところ」
他の人に見られたら――。と眉を顰めて非難する立香の口を口づけで封じ、咥内を啜り上げた。
「あっ……、んっ……。お、おべ……。やっ……」
上下に水音を立てながら、オベロンは左手を一瞬の後に鋭い虫の形に戻して。びりぃっ――、その鋭利な爪先を黒いストッキングに突き刺した。
「ッあ、ひッ!?」
唇の合間からくぐもった悲鳴が零れ落ちるが、それらには意も介さず、僅かに空いたストッキングの穴に指を弄り入れる。すると、くちゅり、という音が穴の向こうから聞こえてきた。
「ハッ」
一笑して、オベロンはその穴の向こう側に指先を更に押しやって濡れた布地にも爪を立てた。
「……っ!」
立香が両手をオベロンの胸元に激しく押して抵抗するが、小さな舌に噛みついて啜り上げることで黙らせた。びり、びりと布地を裂く音が続き、漸くオベロンは立香の唇を解放する。
「酷い!」
「可愛い悪戯だろ?」
ショーツに作られた亀裂から太い指が立香の秘肉を割って、膣の入口をかりかりと引っ掻いた。
「あっ、いや……あぁっ、やだっ、そこ……っ!」
ゆっくりと中指が膣の中へ侵入する。時折指を曲げながら進む為、まるで生きた虫が這っているような錯覚。
「そういう趣味?」
「ちがっ、んっ……、ああっ、んうっ」
抗議の声は、クリトリスを親指でこすり上げられたせいで喘ぎ声に代わってしまった。指が中ほどを通り過ぎ、最奥に近づいていく。
こつん。
「期待には応えたいところだけど、こればっかりはね」
「だから、違うん……だってばぁ、ああんっ」
一番奥の肉を揺らすように指が小刻みに振動する。
「ぁっ、あっ、あぁっ……」
チカチカと立香の瞼の裏で白い星が明滅し、高みの階段を上ろうとした。……けれど。
「なんでぇ?」
ずるりと膣内から引き出された指。それを口元に宛がいながら、オベロンは嫣然と微笑んだ。
「誰かに見られたら、――困るだろう?」
あんまりだ、ここまで追い上げておきながらと立香が涙目でオベロンを睨み上げる。すると、彼は中指を口の中に入れて、その指に纏った半透明の液体を舐めとった。
「ん、味は薄いけど。きみの魔力は甘露の味がする。――だから、ついつい欲しくなってしまうんだ」
二人の足元に落ちた水滴を靴の裏で擦り、薄い唇を立香の耳元に。
「柔らかいアケビを割れば、赤い花弁の隙間から花蜜が滴り落ちてくる」
「……」
「怯えて震える小さな芽を摘まむと、……もっと蜜が零れてくる」
「…………」
「王子ともあろう僕が、マナーを忘れて。むしゃぶりつきたくなるほどに」
最後の仕上げに、はぁっ――、と憂いを込めた溜息をひとつ。
「……ゃく」
「うん?」
「はやく、食べて」
立香の耳元から顔を離したオベロンは、勢いよく彼女を抱え上げた。
「きゃっ」
「スカート押さえておきなよ。じゃないと、大事な場所が丸見えだぜ?」
「だ、だ、誰のせいよ!!!」
ぽかり。
「痛い!」
殴られた頭を揺らしながら、オベロンは弾むような足取りで廊下を歩いて行く。廊下の角を曲がる間際、二人が居た場所を横目に振り返った。黒い蟲が一匹、床の上を這っていた。それは瞬きの合間に、塵のように消え去る。それを見届けてオベロンは視線を正面に戻した。
(……精々、十数分程度か。やれやれ、結界を張るのも一苦労だ)
永遠の帝国は、真紅と黄金に満ちて。
第二特異点、セプテムの定礎復元完了。
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