ふゆねさんお誕生日お祝い(桃娘パロ小説)

ふゆねさん、お誕生日おめでとうございます!🍾🎉🎂
以前頂いたイラストへのお返しになっていれば幸いです💦
誠に勝手ながら、先日アップされていた『桃娘』の設定を借用させて頂いております。
(雷を打たれたように新たな癖を得ました…)
問題などありましたら、直ぐに下げますのでお申し付けください。(AS)

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头儿ボス、仙薬に興味はありませんか」
そう言って、一帯を牛耳る商幇シャンパンの長は目の前の男に笑いかけた。黒い髪は鴉のように、青い瞳は堇青石アイオライトのように。長い手足から繰り出される一撃は虎をも屠る。長とその商人一団が竹林で飢えた虎にまみえた時、偶然にも助けを施した人物はオベロンと名乗った。礼にと根城にしている里へと案内し、あれやこれやと差し出してみたがどれも要らぬと固辞され、最後の最後に思いついたのがそれだった。
「仙薬?」
それまでは暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。全く興味を示さなかった男が言葉を返したことに長は機嫌を良くしながら頷く。
「はい。はい。妙薬でございます」
「戯言を」
「いいえ、誓って嘘を申してはございません」
「商売人のお前たちが神仙を信じているとは驚きだ」
「商売人だからこそ、でございます」
「……」
長は漸く安堵に胸を撫で下ろした。恩を受けておきながら、返すことが出来ぬとは商人の名折れである。見れば見る程、この恩人が位の高い人であると分かる。王宮ですら早々にお目にかかることの出来ぬ上等な服と纏う装身具はどれも精巧で希少な石がふんだんに使われている。
(さて、どこの子息であろうか)
ぎろりと二つ目が長を見咎める。温めたばかりの肝を冷やして、平伏した。商人にとって政は目を離してはならぬものであるが、余計な詮索は身を亡ぼすとようよう知っている。以降、長は黙ってその男に妙薬の在処まで先導した。

「お待たせいたしました。当妓楼一の桃娘、立香でございます」
「瑞々しい果実の如き少女の肉体を心ゆくまでお愉しみください」

(妙薬なぞどうせ眉唾とは思ったが、これは……)

艶やかな布を纏い、まさしく果実の如き胸部を晒す少女を見たオベロンはぐぅと喉を鳴らす。潤んだ瞳を縁どる紅化粧。すらりと細すぎる足先を金冠という名の拘束具。何より目を引くのは桃色の乳頭。ぷっくりと咲いた花弁のようで。しゃらり、と音を鳴らして娘が一歩オベロンに歩み寄る。
「旦那様」
(……声まで、甘いなんて)
近頃、市井には桃を天上の果物、霊薬と考えるものが多かった。それゆえに、人は思い至ってしまったのだ。桃娘――、美しい容姿の娘に桃のみを食わせ育てる。そして、その体液を啜れば不老不死を得られると。
「旦那様、どうか、どうか」
娘の柔らかな肢体がオベロンの胸に擦り寄る。
「さわって」
くらりくらりと酩酊の感覚に陥りながら、オベロンはその右手を娘の横乳に触れさせる。くにゃりと形を変えるそれに合わせて、立香はよく啼いた。
「あ、ああ……、もっと、もっと、さわって」
「五月蠅いなぁ」
桃の香りがする口を塞ぐ。咥内は、本当に桃の味がした。直前でも食したのか、濃厚な桃の味に辛抱堪らず、思い切りその唾液を吸い上げる。
「んぁ、っ、んふ、んぅ」
一頻り立香の唾液を味わい、
「はっ、本当に人ってのは愚かだな」
これほど桃の味がするならば、確かに不老不死を得られると考えるかもしれない。だがしかし。人が桃だけ食して生きられるはずも無い。その証拠に、立香の手足は異常なほど細い。恐らく長くは生きられまい。そんなことはここに居る人間はみな承知の上・・・・・。そうまでして、自分の欲望を満たしたいと望む人々の醜悪さにオベロンは吐き気を催す。
「きみはそれでいいの? 他人に食い荒らされて何も思わないのか」
哀切を滲ませて立香の口づける男に、
「……、だって、私はその為に生まれたんです」
「――、そう。なら、望みをかなえて死ねばいい」
立香の体を掬い上げて、オベロンは寝台に放りこむ。
「っあ」
微かに身を竦ませた彼女を押さえつけ、その体を開くと、柔らかな肢体が揺れた。震える胸に乱暴に噛みつき、啜り上げる。
「や、あ、ッ……だめ、んッ……ッ……ふ、ぁッ」
「だめ? 啜られるために生まれたんだろう? もっと喜んだらどうだい?」
「……ひぅ、ご、ごめんなさい、……ぁっ!」
かり、と乳頭を甘噛みする。与えた痛みを労わるように舌でなぞると甘い声が零れ落ちる。足の間にある自身が鎌首をもたげるように上向いたのを感じ、オベロンは訝しんだ。
(なんでこんなに興奮するんだ)
自慢ではないが、女に困ったことなど無い。オベロンの立場を考えれば当然ではあるが、たかが人の娘にこれほど劣情を催すなど初めてだった。
(本当に、何か神秘が宿っているのか?)
「あああぁ……っん! やぁ……!」
立香の声はオベロンの脳を揺さぶり、腰を重たくさせる。当たり前だがオベロンが触れれば触れるほど立香は啼く為、だんだんとオベロンの行動は急いたようなものへと変わっていく。
「っは、ははっ、きみ、本当になに? 声も、汗も、桃の香りがする」
腹部に吸い付き、腋を舐める。立香が興奮すると肌が紅潮し、さらに香りが増した。
「……ふぅーー」
落ち着こうとすればするほど、立香の香りに惑わされる。
(何か良からぬ薬でも焚かれているのか)
妓楼では興奮を促す香や飲み物などよくよくあることだ。オベロンは一度立香を解放し、寝台側を見回す。翡翠色の机がひとつ。その上には、並々に水を張った水差しと大量の桃が添えられている。
(特に怪しいものはないが、)
止まった愛撫に立香が不思議そうにオベロンを見上げ、その視線を追った。
「あ」
「……なに?」
意味ありげな呟きにオベロンが反応すると、立香は急におどおどとした様相になる。
「何?って聞いているんだけど」
冷たい言葉に立香はびくりと身を震わせ、観念したように「立香の、粗相をお許しください」と口にする。
「粗相?」
「水を、くださいませ」
よく分からぬが水が欲しいらしい。許す許さぬも無いため、望まれたまま水差しを彼女に差し出す。持ち手を差し出された立香は、きょとりと睫毛を瞬かせる。
「あの、……?」
「――? 水が欲しいんじゃないの?」
かぁと頬を染めながら立香は俯く。それからおずおずと、「あの、その、飲ませて頂けますか?」とオベロンに向けて口を小さく開く。
「? まぁ、いいけど」
注ぎ口をその小さな唇に押し当てながら、オベロンは静かに陶器を傾けた。ゆっくりと溢れぬように優しく注ぐと、立香は再度困惑した表情でオベロンを見つめた。
「なんなの?」
「うううぅ、あの、ゆっくりだと時間が掛かってしまいまして、そ、粗相するまでお時間を頂いてしまうのですが、」
よろしいのですか?と聞いて来る立香に漸くオベロンは思い至った。
「粗相って、そういう意味か」
「ご存じなかったのですか?」
立香は驚いた様子でオベロンを見返す。
(何だそういう顔も出来るんじゃないか)
ひたすら無垢に、淫靡に。そう躾けられていることは彼女の言動を見ていれば嫌でも分かる。初めて人らしい表情にオベロンの顔に喜色が浮かんだ。
人とは思えぬ佳人の微笑に立香はぽぅと見惚れる。それを愛らしく思いながら、オベロンはわざと尋ねた。
「ふぅん? じゃあ、桃は? 使い道があるんだろ」
「も、桃は、色々にございます」
「色々って?」
大方の予想はついたがあえて彼女の口から聞きたがった。恥じらい戸惑う彼女が本当の彼女だと気づいたから。
「口移しで食べさせて頂いたり、……中に入れて頂くことも」
中とは?すっとぼけて聞けば、立香の目元が潤んで紅が滲む。立香の指が彼女の布地を摘み、ゆっくりと持ち上げる。
「……こちらと、こちらに」
彼女が足をそぅと開けば、くぱりと肉色の花弁が開き、淡桃色の菊がひくりと身を震わせた。――噎せ返るほどの桃の香り。オベロンの鼻腔を突くソレに知らず口の中に唾液が溜まっていった。飢えた顔を見たのか、立香が柔らかく微笑んだ。
「どうぞお好きになさってください」
慣れた風な口ぶりにオベロンの機嫌は急降下する。彼女が妓楼にいる時点、分かり切ったことであるのに、オベロンは他の雄が彼女に触れたことに酷く怒りを覚える。がっと彼女の顎を掴み、その琥珀を覗き込んだ。
「今日から俺以外の客は取るな」
「え」
「楼主に言っておきな。金銭なら言値で払ってやるから、俺のお手付きにと」
「は、はい……」
立香は戸惑いながらもか細く頷く。それを満足げに見やってオベロンはもう一度立香を寝台に横たえた。膝裏を掴み持ち上げると、彼女の秘裂から透明な汁と桃の香りが漂う。
「もしかして、何か入れてる?」
「はい、旦那様の為に桃を絞った汁を入れさせて頂いております」
立香は細い指を恥部に沿わせ、ゆっくりと割り開いた。ぷっくりと雫が盛り上がり、彼女の太ももを伝い落ちていく。暗い微笑を浮かべたオベロンは導かれるままに唇を寄せる。じゅぅううと音を立てて汁を啜ると「ぁああ」と立香が啼いた。舌先を穴の入口にぐちぐちと出し入れすれば、いっそう汁は勢いよく溢れ出す。菊門に人差し指をあて優しく擦ると、アナの中が良く締まった。
「あっ、ぁあっ! 旦那様、旦那さまぁっ」
食い荒らされる為に生まれてきた彼女のなんと哀れで愛らしいことか。オベロンは長く生きたがこれほどに庇護欲と加虐心を掻き立てられる存在に生まれて初めて出会った。
(そうか、彼女が――)
何時か出逢う、と託宣されたものの信じていなかった運命に、オベロンは今日出逢ったのだ。
「だんなさまっ、もうっ、……!」
「いいよ、気をやりな」
「っ、……アッ! ぁぁあっ♡」
昇りつめ果てた立香の体がくったりと寝台に横たわった。はぁーっ、はぁーっと荒い息は、情欲よりも病人のそれでオベロンは眉を顰める。寝台から抜け出し、自身の荷物を漁ると目当てのものを見つける。それを持って再び立香の元へ。
「立香」
「……はぃ」
弱弱しく起き上がろうとする彼女を制して、オベロンは手に持ったそれを彼女の口元に当てる。
「桃、でございますか?」
「そう。特別に」
立香は改めてその差し出された桃を見た。普段食べている桃もこの辺りはかなり出来の良いものだ。けれど、この桃は比べようも無い。瑞々しさよりも宝石のような輝きを放っている。匂いは控えめでありながら、一度嗅いだら二度と忘れないだろうと思われるほど馨しい。とても高価なものだと思われた。
「そんな、頂けません」
「何をいう。きみは桃娘、だろう?」
「……でも、」
「立香。また明日来るよ。それまでにこの桃を食べて、美味しくおなり・・・・・・・
「――はい」

そうして二人の初めての邂逅は終わりを迎えた。――それから幾度。両手の数では収まらぬほどの逢瀬の後。立香は床に伏しながら、新しい旦那様のことを考える。

(不思議な方)
優しさで言えば、これまでのどの旦那様より優しいひとであろう。立香の過去の旦那様らは立香の体液に夢中で時には酷く彼女を手荒く扱う。傷がつけばその分料金が上乗せされる為、ある程度までは守られているが、それでも無傷では済まなかった。噛んだり切られたりして、血液を啜られることもしばしば。しかし、新しい旦那様は一度たりとも立香に傷をつけたことは無い。意地悪い笑みと言葉とは裏腹に、優しく甘く立香に触れて彼女を高みへと連れていく。彼の射精を手伝うこともあるが、いずれも緩やかなものばかりで苦痛を伴う行為は無い。大切にされている――、そう感じられてしまう。
「オベロン、さま」
幾度目かの夜に名前を教わった。妓楼では名を明かさないのが通例であるにも関わらず、実にあっさりと彼は立香に名前を伝えたのだ。彼の型破りそれだけではない。閨で内緒話のように外の世界の話を聞いたりもした。まるで冒険物語のような彼の旅路を聞きながら、ただ抱きしめ合って眠りに落ちたこともある。――ありえないことだらけだった。
「オベロンさま、旦那さまっ」
彼の名前を呼んで、彼のことを想うと、これまで感じたことの無い熱が立香の中に生まれてくる。切ない、切ない……、逢いたくてたまらない。彼女のあらゆる穴の中がひくつき、彼を求める。彼は優しいけれど同時にとても意地が悪い。立香が昇りつめる手前をよく心得ており、散々に前も後ろも解して溶けさせる天才だった。自分だって相当苦しそうな顔をしている癖に、立香が果てさせて欲しいと口にしないとしてくれないのだ。一度だけ、「いじわる」と口にしたことがある。気が付いて酷く蒼褪めたが、彼は一等嬉しそうに笑った。その日は暫く眠れなかった。
「オベロンさま、オベロンさまぁ」
飢えているのは体だけではない。何よりも立香の心が彼の存在に惹かれてどうしようもない。
(ああ、もうダメッ)
辛抱できずに立香は己の指で秘裂を割り、中に触れようとする。すると、とんとんという扉を叩く音が耳に入った。慌てて返事を返す。
「は、はい!」
「立香、旦那様がお越しになります。支度を」
「――! ただいまっ!」
飛び起きるように寝台から抜け出す。
(不思議、今までは起き上がることすら億劫だったのに)
この頃は体がとても軽い。翼でも生えたのではないかと思うほどだ。何度も鏡の前で確かめたが、その背に望んだものは無かった。湯殿で纏っていた衣類を脱ぎ落しながら、立香は憂いのため息を零す。
(翼があれば、あの方のところへ飛んでいくのに)
湯につかった立香の肢体を左右から女御が丁寧に洗っていく。湯船には沢山の桃とその葉が浮かべられているが、生まれた時からのいつもの光景に立香が今更頓着することは無い。
「っあ!」
乳房に柔らかく桃肉が押し当てられ、乳頭をくるくると女の指が這った。
「んっ、……はっ、あ、ぁん……」
必死に刺激に堪えているとくすりと笑い声が耳に届く。
「?」
立香の世話役である年嵩の女が嬉しそうに立香に話しかけてきた。
「この頃、良く啼くようになったわね」
その言葉に立香は俯いて染まった頬を隠す。どうしてか、その要因に容易く思い至ったからだ。もう一人の世話役も揶揄うように言った。
「それだけじゃないわ。肌も髪もまるで陶器のように輝いてるの」
ほらと立香の乳房を持ち上げる。商品として一番大事な部分の為、ひと際手入れに力を入れられていた部分だが、いかんせん栄養失調気味の為、張り艶は見咎めるものがあった。それがどうだろうか。今の立香の胸はまるで本当の桃のようにふっくらとして実に美味しそうだ。くすくすと二人は笑いながら立香を寿ぐ。
「あの方が立香を桃源郷へ連れて行って下さるかもね」
「…………」
立香は自分の乳首からぽたりと落ちた乳白色の雫をじっと眺める。
――桃源郷とは暗喩だ。桃娘の交合は一度切り。その交わりで命を落とすものが殆どだからだ。故に妓楼ではそのことを『桃源郷へ行く』と呼称している。それは桃娘の本懐、確約された最期だ。法外な値段で取引されるそれはおいそれとは行われないが、いずれ立香も『桃源郷へ行く』のだ。
(どうしてこんなに悲しいんだろう)
これまでそんな風に思ったことは無い。幾度も『桃源郷へ行った』姐姐達を見た。それが自分たちの役割だから、辿り着けて良かったとすら思っていた。でも、今なら分かる。それは、恐ろしいことだ。……悲しいことだ。
(善いことだと思っていたの、あの方に会うまでは)
『桃源郷へ行った』娘たちは、みな苦悶の表情を浮かべていた。素晴らしいことだと善いことだというならば、何故にあんな苦しみに満ちた最期なのか。
(あのような顔をしてあの方に見送られたくない。それに――)
「さあ、立って」
ざばりと波音を立てて立香は湯殿を出る。体中に桃の汁を塗られながら、ひとつだけ皿の上に盛られた桃を見つめる。立香だけが口をすることを許されたオベロンの手土産。あれを食べるといつも湧き上がるように力が溢れ、元気になった。嬉しくて嬉しくていつも大事に食べた。それも今日は感じられない。ただただ、悲しい味しかしなかった。夕は沈み、月が昇る。妓楼に明かりが灯った――。

「どうした?」
たった一目でオベロンは立香の心内を見破った。二人きりになった部屋の中、寝台の上でオベロンは立香の頬に手を当てて問う。
「……姐姐が、」
オベロンはじっと立香の言葉を待った。
「……姐姐が言うのです。旦那様が立香を『桃源郷』に連れて行って下さると」
言った側からその言葉の意味を実感し、立香の瞳から涙が溢れだした。拭っても拭ってもそれは止まらない。
(だって、桃源郷へ行ったら、行ってしまったら)
もう会えない・・・・・・。オベロンにはもう二度と会うことは叶わないのだ。それが立香には耐え難いほどの悲しみを与えてくるのだ。
「桃源郷に行きたいの?」
不思議そうにオベロンが言い返してきたので、立香は首を振る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、旦那様! 貴方以外に連れていかれたくないのです、でも、行きたくないのです」
要領を得ないオベロンは首を傾げながら、尽きることの無い立香の涙を拭う。
(ああ、やっぱり旦那様はお優しい)
立香の涙の意味を、価値を知っているだろうに。啜ることもせずに優しくその体で立香を抱きしめてくれるのだ。わぁわぁと泣きながらに立香は吐露した。桃娘はみな『桃源郷に行く』のだと、行ったら最期、もうオベロンには会えないのだと。それまで首を傾げるばかりだったオベロンは目を見開きながら立香の顔を見た。
「行きたくないの?」
「っひぅ、いや、ですっ」
「……っ、それがきみが生まれた意味じゃなかったのかい?」
「はいっ、はいっ……、ごめ、んなさい。ごめんなさいっ!」
謝らなくてよいとオベロンは優しく立香の頭を撫ぜた。それから、立香の息が落ち着いたころを見計らい再び尋ねた。
「行きたくないのは、俺にもう会えないから?」
こくりと小さく立香は頷く。オベロンの息を吸う音がした。酷く掠れた声で彼は言う。
「どうして」
立香はぎゅっとオベロンの衣を掴み、全てを投げ打つ覚悟で言い切った。
「旦那様をお慕いしています」
「――立香っ!」
唇が重なり、乱暴に息を吸われる。嵐のような口づけだった。
「はっ、あっ、ん、はぁ……っ」
立香の名を何度も呼びながら、オベロンは彼女の体を寝台に押し付ける。かつてないほど乱暴に彼女の衣類を剥ぎ取り、自らの衣も脱ぎ捨てた。それは初めての事だった。どこかしら衣は纏っていた彼の全身を余すことなく目に入れて、立香は恍惚のため息を漏らす。どんな絵画も叶わないだろう完成された肢体だった。その体を立香に押し当て、彼は獣のような唸り声で囁いた。
「立香。きみを桃源郷へ連れていく・・・・・・・・
「――! ……はい」
自分の運命を受け入れて立香は両目を閉じる。堪り切った涙が零れ落ちた。それらには目もくれず、オベロンは立香に口付けながら彼女の体を開いて己の分身を突き当てた。
「立香、立香。俺の運命、探し求めた俺の番よ。共に天に昇ろう」
「はい、旦那様」
地上のどんな花よりも美しい笑みを浮かべる男を見上げながら、立香は『天に昇った』。


ちゅんちゅん、――小鳥の鳴き声で目が覚めた。
「え?」
立香は驚いた様相で身を起こす。体はかつてないほどに疲労に満ちていたが、立香は目覚めた・・・・
「いきてる……?」
戸惑う立香の声に、
「勝手に人を人殺しにするな」
と意地の悪い声が被さった。
「だ、旦那様――、あ、あの、わたし」
「朝食代わりに食べなよ」
桃が差し出された。いつものオベロンの桃だ。おそるおそると立香はそれを口にする。
「美味しい、です」
本当に美味しかった。――涙が出るほどに、桃は美味だった。
「っう、うう、」
「泣くな、泣くな。ほら」
上等な手拭いで顔を拭かれ、立香はオベロンの顔を見上げた。
「……? 旦那様、あの、角?が生えております?」
「おっと。気を緩め過ぎたな」
オベロンの頭の左右から鹿のような角が生えている。それは燐光を帯びて不思議な色を明滅させていた。明らかに人ではあり得ぬそれに立香の思考は寸断される。呆気にとられた立香の顔をにまにまと見ながらオベロンは言う。
「さて、その桃を食べて身支度が整ったら出発だ」
「出発? 何処かへ行かれるのですか?」
悲し気に眉を顰める立香に呆れた声でオベロンが言い返す。
「何を言ってるんだ。きみも行くんだよ」
「え? そ、それは出来ません」
妓楼から出るなどありえない。そう言い張る立香の前に白い紙がぺらりと垂らされた。
「??」
「ん、文字は読めないか。これはね、見受け証だよ」
既に楼主にきみの見受けする為の代金は払っているとオベロンは言うのだ。ぽかんと口を開けて放心する立香にオベロンはくつくつと笑いながら手を差し伸べた。
「ほらほら早くしなよ。『桃源郷』へ行くんだろう?」

そうして、立香は初めて妓楼の外に出る。それも入り口ではなく、窓から。大きな雲を引きつれながらオベロンは空を飛んだ。遥か地上に見える自分が生まれ棲んだ家を見下げながら、立香は未だに信じられぬと口を開いた。
「旦那様は、仙でいらっしゃるのですか?」
お伽噺に聞いたその存在。自らもそれだと言われてきたが、真実などとは思っていなかった。その存在を目の当たりにして立香は空を飛んでいる恐怖も忘れて尋ねる。それを心地よく眺めながらオベロンは言った。
「何を言う。きみももうそう・・だというのに」
「私がですか?」
「桃を食べたろう?」
「はい」
「あれはね、桃源郷に実った仙桃だよ」
「!!!」
「いきなり仙女にすると障りがあるからね。少しずつ与えて体を慣らしたのさ」
そして最後に一押しが、昨夜の交わりだった。オベロンの精液を受け取った立香は完全に天女へと魂と存在を昇格させたのだ。
「やっと見つけた俺の番をひとの寿命で終わらせるわけがないだろう」
そう言うとオベロンは更にその身を震わせて巨体へと変化させる。雷雲を反射するその鱗は漆黒。長い髭と尾を揺らして、彼は空へと上昇する。
『世界よ、言祝ぐがいい! 黒龍王オベロンの妻として、新たなる仙・立香が天へと昇る!』
ぐんぐんと昇る竜の背に立香は必死にしがみ付きながら叫んだ。
「旦那様! オベロン様! 立香を桃源郷へお連れ下さい!」
「言われずとも」

桃源郷の桃の樹の下に、一匹の黒い竜が棲んでいる。
泉に身を浸らせながら、最愛の妻と睦み合いながら。
何時何時までも二人は仲睦まじく下界を見守ったという。

[了]