『0002245543』

――恋っていいわよね。
凍える北風のような彼女も。
置いて行かれた子供のような彼女も。
お人形さんみたいな生まれたての子も。
一瞬で春の花も恥じらう乙女に変えてしまうの。
私? ええ、そうよ。私もそう。
何もかも見放された運命の終わりにこんなイケメンに会うなんて……サイコー!
……人生ってそう捨てたもんじゃないと思わない?

「だから、貴方を殺すわ・・・・・

世界から拒絶されたものたち、哀れな私と同じ人でなしの子達。
だからせめて。私くらい、この子たちを一番にしてあげたっていいじゃない。

◆◆◆

人理定礎値:A-
年代:A.D.1888
場所:ロンドン

「ロンドンかぁ」
立香はこれまで以上に憂鬱そうに椅子の背もたれに寄りかかる。両手を組んで思案する様は、どこぞの名探偵のよう。
(煙草のひとつでも嗜むべきだったかな)
「やめておきなよ。肺だけ灰かぶりになったところでカボチャの馬車は来ないぜ」
「エリちゃぁん」
カボチャの馬車に走馬灯。今だけはあの重低音が恋しい。なんて言ったら本当になりそうだから沈黙しておく。胡乱気な視線をくれるオベロンに、立香は不貞腐れたように頬を膨らませて言い返した。
「言っておくけど、オベロンのせいでこんなに悩んでるんだからね」
「だろうね」
――ロンドンの特異点。今回も立香は参集依頼を受けている。だがしかし。その先で誰が待っているかというのを知ってしまった身としてはため息の一つでも零さずにはいられないのだ。
モードレッド、ジキル、フラン、アンデルセン、……シェイクスピア。そう、シェイクスピアだ。よりによってオベロンの呪いの元凶、マーリンに次ぐ天敵中の天敵、――のシェイクスピア。誰だって胃痛で穴が開きそうな特異点攻略などやりたくない。
ふうと息を吐いて前髪を揺らす立香。それを一瞥した後、オベロンも寝台の上で大の字になる。
「俺だって厄介事はごめんだ。さて、どうするか、……ふむ。ふぅむ? んー? ……ああ、そうか。そうするか」
「何か思いついたの?」
もぞりと上半身だけを起き上がらせたオベロンは立香に向かって、口の端を歪めて見せた。
(……嫌な予感)

「先輩? あのオベロンさんは……」
「いるよ」
眉間に深く皺を刻んだまま、立香は自分の背後を指さした。そこには見慣れぬポシェットがひとつ。その蓋がぺらりと動いた。
「やぁ、マシュ。ご機嫌よう。ミニミニでイケイケな妖精王だよ☆」
「わっ、ほんとです! オベロンさん、絵本に出てくる妖精さんのように可愛らしいサイズに」
「重さは全く持ってfairyじゃないけどね」
ポシェットと言ったがあまりの重さにリュックのように背負っている、が正しい表現である。6㎏を背に背負うというのは普通に考えて山登りのトレーニングでもしている気分だった。
「やだー♡ カワイイじゃなぁい♡」
ペペだ。遅れて管制室に入って来た彼に立香もオベロンも少し緊張しながら相対する。
「でも、どうして急に?」
ほらみろ、と立香は内心臍を噛む。あのペペがこの異常を見逃すはずがないのだ。しかし、オベロンは流石のポーカーフェイスで会話を続ける。
「お察しの通り、これには訳がある。今回行くのはロンドンなんだってね。僕にとってはホームみたいなものだけど、時代が良くない・・・・・。既に僕らの神秘は失われた現代に近い時代だ。そこに神秘の塊みたいな僕が行ったらどうなると思う?」
「……歪みが生じる?」
「そう、その通り。流石、Aチームの才媛だね。妖精王のままで行くにはリスクが高い。だから、ほら」
オベロンは小さな両手を目一杯広げてウィンクをひとつサービス。
「これならただの可愛らしい使い魔みたいに見えるだろう?」
どうだい?というオベロンにペペは頬に手を当てて、
「やだ! 才媛ですって! もう口が上手いんだから!」
としなを作り、……言葉を付け加えた。
「でも、それだけじゃないわね。正体を隠したい相手がいる。違うかしら?」
「「……」」
(本当にこの人は――)
頼もしい見方であるが、敵に回すと厄介なことこの上ない。敵対したいわけではないが、全てを明かすわけにもいかない。だから、嘘は言わない。でも、本当のことも言わない。
「……そうだね。隠し事は良くないな、うん。君の言う通り、僕はあまり会いたくない人がいる」

◆◆◆

「先輩に任せて頂戴! ……なんて、啖呵を切ったのにこの様なんて、ごめんなさいね」
よよよと目元を拭いながらペペはマシュたちに頭を下げた。
「そんな、ペペさんが悪いわけでは」
「でもねぇ、外に出れずに屋内に身を潜めてるだけなんて。お荷物もいいところじゃない?」
はぁっと憂いのため息がリビングに零れ落ちる。それを掬い上げたのはジキルだった。
「それは僕も同じだよ」
やだわそんなつもりじゃないのよとペペが慌てて謝意するが、そのまま返すよと彼は言う。加えて返された穏やかな微笑に、ペペも両手を上げて降参する。
「励まされちゃったわ」
「ジキルさんの仰る通りです。適材適所、役割分担で考えましょう」
マシュの言葉にそうねと返しながら、ペペの心はアイロニックな色を纏う。
(適材ねぇ)
まだ伝えきれていない情報ではあるが、本来彼の適材は戦闘要員だ。天狗道を目指した妙漣寺の法術師がひとり、妙漣寺鴉郎というのが彼の本性だ。とっくにその名も由来も捨て置いてはいるが。こと能力面で考えるならば、マシュや立香よりも前線に出るべきで……、しかし現状は立場が逆転している。ペペはマシュを見て、――立香を見た。不安と信頼。マシュのデミサーヴァントに対する引け目とマスターに対する信認。一方、立香にあるのは、――泰然と深謝。一般人である彼女、実のところこの場の誰よりも泰然として事態に当たっている。そして、……彼女はずっと何かに・誰かに囚われている。
(……貴方は何に謝っているのかしら)
藤丸立香。数合わせの一般人。突出しているのはそのレイシフト適性ぐらいで、他は何もない。けれど、彼女はとかく運が良い・・・・。これまでの特異点の記録を振り返ると良く分かる。明らかに事態は彼女を起点に変化している。そうして気が付けば。誰よりも前に、彼女は立っているのだ。
(驕ることも得意になることも無い)
こちらが褒めれば褒めるほど、彼女は萎縮する。表面上はそう見せないが、苦しそうにあえぐ彼女の心の色。何を憂うのかと掴もうとすれば、アレがやってくる。妖精王? とんでもない。アレは、人を、世界を、呪う何かだ。
「分かっちゃうのよね」
自分もまた、同じ地獄の定めを負う故に。
利用されているのか、共犯者なのか。未だに迷うその境界線。一見すれば運命に出会った恋人同士。けれどそう言い切るにはあまりにも因果が絡み合い過ぎている。何処でどれ程のことをすればこんな絡まり方になるのか。アレから伸びた黒い糸が藤丸の魂に絡みつき、本来の色が把握しきれないほど覆い隠されている。運命が赤い糸ならば、黒は……。
「フフッ、ある意味、恋よりも情熱的かしらね?」
自分の身に絡みつく黒い糸を愛おし気に撫ぜた。

「なるほど、なるほど。全く思いつかん」
「おお! 我輩の脳がかつてないほどの回転を見せておりますぞ! 惜しみない刺激に脳がメリーゴーランドになってしまったかと錯覚するほどに」

「初めて知ったわ。作家ってバーサーカーの素質があったのね」
ジキルと二人きりだったアパルトメントには、フランと、アンデルセン、そしてシェイクスピアという賑やかな面々が集った。死を待つ静かな街中でこれほど活気に溢れることを誰が予想しただろう。改めてペペは藤丸の運命力に舌を巻いた。
「これが運命に愛されているってことなのね」
どんな逆境でもどんな困難な状況でも。勇気と希望を持っていれば活路は開かれる。
どんな順境でもどんな平易な状況でも。勇気と希望を持っていても活路は見えない。
「ほーんと! びっくりするぐらい私って運が無いのね! あははは!」
突如笑い出したペペに一同は驚いたようだ。それに更なる笑顔を持って「貴方達が来てくれて嬉しかっただけなのよ」と嘯く。マシュが少し照れたようにはにかみ、それすらペペの胸を焼いた。あのオフェリアが嫉妬するわけだ。本当に彼女マシュは人らしくなった。オフェリアもペペも何もしなかったわけじゃない。マシュを想い、心を砕こうとした。ゼロでは無かった。されど、壊れた心の持ち主ではせいぜい一か二がいいところ。そこに彗星のように現れた少女。何も持たないのに、きっとAチームの誰よりも。――輝く運命を持ったひと。
(眩しいわ)
だからこそ、その影は濃く映る。

廊下の暗闇に人影がひとつ。
「……で。この後、地下に……」
足音も呼吸音も消した。気づかれるはずはなかった。

「何か御用かな」
その言葉にはっと藤丸がこちらを見た。それにひらりと手を振って微笑む。
「あら。二人のお邪魔をしちゃったかしら」
見事なポーカーフェイスはカドックに見習わせたいほど。けれど、此処の色は隠せない。不安に揺れるシアンブルーをペペの他心通ホログラムローズは見逃さない。口を開いたのはマスターが先、しかし答えたのはサーヴァントの方だった。
「全くだよ。折角、貴重な二人きりの逢瀬だっていうのに。あの子狼といい、魔術師には覗きの趣味でもあるのかな?」
声だけで相手の姿は見えない。
暗がりの中にある影はふたつ、ひとつは藤丸立香のもの。
「あらあら、カドックったら。クールぶってる割りに興味津々だったのかしら。意外だわぁ。ああ、今は私の話よね。ごめんなさいね、私、ラブロマンスには目が無くて♡」
頬に手を当てる動作の流れで、ついと彼らの真上に視線を投げる。
影がある――――、黒く大きな影が、ペペロンチーノを見下ろしている。
「…………」
大きな影が落ちてくる。そんな予感を肌に感じながら、ペペは尋ねた。
「……本当にティターニア・・・・・なのかしら、貴方が会いたくないのは」

レイシフト前、彼は言った。
『僕はあまり会いたくない人がいる』
『ティターニア、妖精王オベロンの王妃』

影を見つめる視線は、決して逸らさない。
「貴方の王妃さまなのに、会いたくないなんて」
――ほんの少し、影が揺れた。
「おかしな話よね」
ねぇ、とペペは藤丸に言葉を投げた。

彼女の心が大きく揺れれば、影も揺れる。
その一瞬を、彼が見逃すことは無い。

「ごめんなさいね。貴方が良い子だってことは分かっているけれど、……。貴方のサーヴァントはそうじゃない」
「立香!」
「だから、貴方を殺すわ・・・・・
手指の先にあるのは小さな心臓。
トクン、トクンと小さく跳ねていたであろうそれを、――。

「死にたくない」
誰よりも輝いている魂なのに。
その言葉は、数多の死の香りに満ちている。

「わたし、まだ死ねません」
「……っ、ごめんなさい」
Gant――、彼女の人差し指がペペの胸を押す。
(拘束魔術!)
彼女が唯一使える魔術が、ペペの強襲を食い止めた。すぐさま彼女の前に影が落ちる。影はペペを飲み込もうと大きな口を開き、
「待って!」
――止まった。
「…………」
「オベロン、おねがい」
「…………はぁ。……分かったよ」
ずるりと影は暗がりへと引っ込み、立香の影の中に。脅威が去ったことを確認し、ペペは呆れのため息を零した。
「貴方、甘すぎるわ。そんなんじゃ生き残れないわよ」
もしかするとAチーム以上の問題児かもしれないとペペは認識を改める。立香はその責めに苦笑を浮かべ――、ペペの背後に言葉を投げた。
「私は大丈夫だよ」
「!」
鋭く後ろを振り返れば、少女がひとり。白い花嫁衣裳を纏った虚ろな瞳の、人造少女。
(――いつの間に)
ペペを見る目には静かな怒り。もし、あのまま藤丸を殺害しようとしていたならば、その前にペペの体は薙ぎ払われていたのかもしれない。
「フラン、こっちへおいで」
「……ゥ」
とてとてと足音を立てて少女がペペの傍を通り過ぎる。広げられた腕の中に飛び込み、その鼓動を確かめるように胸元に耳を当てた。
「大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとう」
桃色の髪を宥めすかすように撫ぜ、ぎゅっと少女を抱きしめた。仲睦まじいその姿を見ながら、ペペは周囲の鋭い気配にようやっと気が付いた。
(やだこわい♡)
モードレット、アンデルセン、シェイクスピア。気が付いていないのはマシュとジキルぐらいで、ほぼすべてのサーヴァントの視線がペペロンチーノへと向けられていた。実際に廊下にいるのはフランだけだが、壁越し、扉越しにその視線はぐさぐさと刺さって来る。
私生きて帰れるかしらと黄昏ていると、ふいに藤丸が声をかけてきた。
「あの、」
「なあに?」
「私も、ティターニア、には会いたくないんです」
「「!」」
ペペと影の鼓動が大きく跳ねる。乙女の心を最高潮にツイストさせながら、ペペが慎重に「どうして?」と尋ねると。藤丸は少し悩み沈黙した後、唇を尖らせながら、
「だって、私のオベロンだもん」
と爆弾を落とした。

きゃあああああああああああああああああああああああ!
ペペはきりもみ回転つきで廊下に倒れる。
恋のハリケーンの前に全ては無力。
アンデルセンは言った。
「現実の多くには必ず理屈が付く。通用しないのは恋ぐらいだ」

◆◆◆

「これが魔神柱」
なんて醜いのかしらとペペは眉を顰める。姿形が悍ましいというだけではないのだ。怨念、執念、憎悪。それらがない交ぜになってペペの視界を埋め尽くす。
ロンディニウムの地下でアングルボダを使い、ロンドンの人理定礎を揺るがしていたMことマキリ・ゾォルゲン。彼は王の呼び声に従い、魔神柱バルバトスへと転身。その巨体を持ってカルデアへと牙を向いたのだ。
「マシュ、前へ! モードレット! 攻撃アタック!」
「はい!」
「おうよ! 盾ヤロウ、覚えてるな!?」
「はい! 守るときは、――」
「「限界の一歩前へ!」」
地下ならば魔霧の影響は少ない。無理を言って随行した先でいよいよ大捕り物が始まる。その中でマシュの成長を垣間見た。
(ああ、貴方は騎士なのね)
直感だが、マシュの中にいる英霊は騎士なのだと感じた。頼りなげに揺れていた紫苑はもういない。高潔なりしロンディニウムの騎士よ。
「負けてられないわ!」
迫りくる光線を神足通ツイスト・オブ・ラブで華麗に避けて、触手を手刀で斬り落とす。英霊に及ぶべくも無いが、藤丸への防波堤ぐらいにはなれているだろう。そして、彼女は右手の令呪を輝かせて簡易召喚を行う。
「来い! 小次郎アサシン!」
極東の、酷く見覚えがある衣装の男が現れる。チキリという鍔の音がしたと思えば、魔神柱の体に亀裂が走っていて、それは穏やかならざる叫び声をあげる。
『キィイイイイイイイイイイイイイイ!』
去り際にアサシンが何かを呟いた。読唇術でそれを見たペペは首を傾げる。
「奇妙な縁……? やだ、何の事かしら――っと」
訝しんでいる暇はない。苦し紛れに放たれた衝撃をバク転で避けて藤丸の横に立つ。
「流石です」
「貴方もね」
見る間に崩れ落ちた肉塊から男がひとり。その諦観には同調するものがある。自分とて所詮袋小路の運命、いずれ腐る者だ。ペペとマキリの違いはと言えば、諦めた後でもう一度前を向いたかどうかだけ。
「見捨てられなかったのよね」
マシュ、オフェリア、芥、カドック、ベリル、キリシュタリア、そして、デイビッド。愛すべき不揃いな果実たち。自分自身がこの先で何を成せなくても、何かを成そうと足掻く友人を手助けするぐらいは出来ると信じているのだ。
存在と引き換えに召喚されたのは雷電王、ニコラ・テスラ。次々と現れる厄介事に腰を手に当て、恫喝した。
「しつこい男は嫌われるわよ!」
(その根性があるぐらいならもっと運命に抗いなさいよね!)
藤丸たちの背を追いながら、地下を駆けあがる。
地上に降り注ぐ雷霆、空へと続く階段。目を疑う光景に息を吐く暇もなく。ようやっとの思いでニコラ・テスラを停止させれば、今度はアーサー王と来た。
「やだわ。これ、私のせいじゃないでしょうね」
運の悪さには自信がある。ほとほと自分の運命に呆れが入りかけた時、藤丸とマシュ、そして叛逆の騎士によりアーサー王が倒された。
「全く……。本当に信じられないくらい運が良い子ね」
お疲れ様、と言いかけたペペは緊張を滲ませる藤丸に目を見張る。
(心配、懸念、苦悩、憐憫……。何かしら)
これで終わりでは無いのだと、彼女の瞳が告げていた。
そして、それ・・をペペは目にする。
――絶望とはこんな形をしているのだと。


「なぜ戦う。いずれ終わる命、もう終わった命と知って」
『鴉郎、あれは天才だ。既に神足通と他心通を修めた』

「なぜまだ生き続けようと縋る。おまえたちの未来には、何一つ救いがないと気づきながら」
『鴉郎、お前ならばきっと』

「おまえはここで全てを放棄する事が、最も楽な生き方だと知るが良い」
『鴉郎、辿れ。初代様より伝わりし秘術、その源泉へと!』

(だって、しょうがないじゃない。ソコには何も無い・・・・のよ)

「まだ終わっちゃいない」
その声はペペの心に風を吹かせるような、確固とした声で響いた。白い外套に輝く王冠。鮮やかな翅を隠して、彼は藤丸の肩を抱きながらソロモンに対峙する。
ここからだ・・・・・。ここから始まる。――精々、空席の玉座に座って待っていなよ」
藤丸もオベロンの手に自らのそれを添えて真っ直ぐに見返す。
「きっと貴方が言うことは正しい。でも、……例えそうなのだとしても。諦める事だけはしない。そう、決めたから」

くるくると二人の魂の間にあった黒い因果が解けていく。雁字搦めだった彼女の魂のその色は、――輝ける星のようで。

「――肺すら残らぬまで燃え尽きよ。それが貴様らの未来である」

最後まで、その魔術王はカルデアの未来を否定し続けた。けれど、今、絶望に顔を伏せる者はいない。ペペも、恐らくカルデアのスタッフも。藤丸と彼女のサーヴァントの言葉を道標に背筋を伸ばしたことだろう。
どんなに運命に見放されても。心の中で全てに悟り諦めを見出していても。それでも――。勇気と希望を持って前を向くのだ。それが私達、人類なのだから。

◆◆◆

カルデアの廊下にて。ペペは藤丸の部屋の前に立っていた。
「やっぱりちゃんと謝っておくべきよね」
殺されかけたことを藤丸は誰にも言わなかった。この小さな居住グループの中で妙な波風は立てたくない。有難いが、それでは示しがつかない。誰に言わなくとも、藤丸自身には陳謝すべきだろうと彼女の部屋までやって来たのだが。
「返事がないのよねぇ」
確かに部屋に戻ったと聞いているが、先ほどからコールへのレスポンスが無い。
「まさかとは思うけど、中で倒れてたりしないでしょうね」
彼女に関しては魔霧の影響は皆無だったと聞いているが、万が一というのは十二分にあり得る。人間なら致死するレベルなのだ。これでダメならロマニに声を掛けようと最後のコールを鳴らす。すると、――。
『……は、ぃ』
「やだ、居たのね? 返事が無いから倒れてるんじゃないかと心配したわ。もしかして、起こしてしまったかしら。だったら、ごめんなさい」
『いえ、あの、……っ』
「?」
くぐもった声。やはり体調が悪いのかと再度問おうとしたが、
『んッ、あ、……』
「あー……。お邪魔しちゃったのね」
『え! あ、! ち、ちが! ――っ、オベロン!!!』
そっと扉の前を離れてひらりと手を振った。
「馬に蹴られる、いえ、妖精に蹴られる前に退散するわね」
『――――! ――!』
何やら叫んでいるが、音声を切ったので何も聞こえない。きっと聞こえないほうが良いこともある。さて、この一件を誰に愚痴ったらいいものやら。
「オフェリア、には刺激が強すぎるわね。……カドックにしましょ♡」
意外と興味あるみたいだしねと鼻歌を歌いながら廊下を歩いていく。

一方、その頃、銀色の髪の少年は。
「――、嫌な予感がする」
見知らぬ悪寒に胃を痛めていた。

「お、オベロン!!! 誤解されちゃったじゃないの!」
「誤解~? この状況のどこが誤解なんだ?」
白いブラウスとブラジャーだけを身に纏い、壁に手をつく立香とその背に覆いかぶさる黒い影。下半身を露出させながら、立香はぐぬぬと呻き声をあげる。
「可愛くないなぁ」
ごりっ――、肉竿を強く彼女の秘裂に当てた。
「あぅっ……、っ……!」
ずりずりと腰を押し付けながら、背にあるホックを口で器用に嚙み外す。解放された旨と下着の間に両手を差し込んで、たわわに揺れる乳房を容赦なく揉みしだいた。
「あ……はあ、あぁん! ……っ」
「立香っ、」
甘く切なく、オベロンが耳元で立香の名前を呼べば先ほどまでの怒りは理性の彼方へと消し飛んでしまう。
「ずるっい、……はっ、あぁぁっ……」
乳房の形を歪めていたその細い指先が真っ赤に立ち上がった乳首を捕らえ、きゅうと強く挟み、そのまま粘土のように芽を捏ねる。
「あっ、あっぁ……! ……おっぱい、気持ち、いっ……」
もっと――と媚びるように臀部をオベロンの腹、臍の下へ押し付けた。
「りつかっ」
手の平全体で胸を擦り上げ、人差し指と中指で乳頭を挟み上げる。腰は臀部の下、股の間に肉棒を挟ませて何度もその柔い肉の間を擦った。高い愛声が部屋に響く。
「んぁあっ、あ、はぁっ! あ、も、もう、あぁっ!」
絶頂に至る寸前で背後の温もりが遠ざかる。切なさに後ろを振り返れば、ブルーの瞳を宿した青年がその身を白いライトの下に曝け出している。いつの間にか、衣類の霊体は解いていたらしい。雄々しい彼の肉竿が反りかえり、鈴口から白濁を滲ませている。
「はーっ……、はーっ……」
ごくりと唾を飲む音。それが自分の内側で奏でられているのを聞きながら立香は地面に跪いた。冷たい床に背を預けながら、股を開く。
「して……、魔力供給して?」
「ッ!」
オベロンは立香の体に飛びつき、その肉竿を彼女の膣に突き刺す。
「ひゃぁぁぁっ、きたぁ、あぁっ! あんっ!」
「みだりがましい! さっきだって興奮してたくせに……!」
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。
肉を打つを上げながらオベロンが罵ると立香の瞳に涙が溜まっていく。
「んっ、んっ、あ、あっぁ、ご、ごめんなさ、いっ」
「だめだっ……、許さないから、ほらっ! これがして欲しかったんだろうっ!」
ごちゅっ、ごちゅっと立香の子宮口を上から体重をかけて押しつぶす、いわゆる種付けプレスで立香のナカをかき混ぜれば、立香は顔を振りながら泣き叫ぶ。
「っ、ぃやッ、いやぁ…! こ、われちゃぅっ……!」
「ははっ、……ふっ、くっ、毎日してやってるんだから……、壊れるわけないだろっ」
ぱぁんっ、ひと際強く押しつぶせば立香の口から音の無い悲鳴が零れた。
「――ッ˝!」
同時にオベロンの竿口からも暴発するような勢いで精液が飛び出していった。
「あ、……あ、ぁ、ア……」
「はぁーっ…… はぁーっ……」
一回戦を終えて二人の脳が冷静になる、賢者タイム。先程までの自分の痴態を振り返り、今更ながら立香は動揺する。
(なんか、いつもレイシフトから帰ると凄いムラムラするというか)
これでは完全に発情した動物……。しかし抱き合った素肌が心地よく離れがたかった。抗い難い欲望のまま、オベロンを求めてしまう。するとその温もりが自身から離れていく。
「――あ」
「分かってる」
そのまま立香の背に手を当て、オベロンは彼女を抱きかかえた。勢い良く立ち上がり、寝台へと歩いて行く。その肉棒を立香の膣に差し込んだまま。
「ああ! あん! ……お、おべ、あぁ……! 揺らしちゃっ、やだぁ……!」
ぐちゅっ、ぐち、ぐちゅという音と共に、白濁がグレーの床に点を作っていく。どさりっと投げ込むようにベッドの上に押し倒されて、再び奥を肉棒で弄られた。
「あ、ああっ!! だめ、だめ、さっき、いったからぁ、ぁ、あっ!」
背中を仰け反らせながら立香はその体の内側で発生する快感に身を捩る。それを分かりながら、オベロンは切っ先を子宮口の奥にさらに擦り付けて奥を揺すった。
「やあぁっ! そこだめっ! きもちいっ!! あっ、ああんっ!!」
「ハッ――、知ってる、……はぁっ、くそっ、もう出そうだ……!」
びゅーっ、どぴゅっ! ぶびゅっ、びゅるっ!
またも注がれる白濁の熱に立香の視界はチカチカと明滅していく。
(オベロンの――っ、あついっ)
オベロンの精液が吐きだされるのに合わせて、立香の腹がぴくぴくと胎動した。それを暗い瞳に眺め下ろして、オベロンがねっとりとその腹を撫でる。
「ああ、口惜しいな。俺の子を孕んでしまえば、きみが前線に出ることも無いだろうに」
きゅんっ!と立香の子宮が震える。そして、きゅうきゅうとオベロンの肉竿を喜んで食んだ。
「あ!」
「……っ、そんなに喜ぶなよ」
「ちがっ、あ! ひぃあ! な、んで!? ああっ、ああ、ぁぁあっ!」
何も愛撫を受けていない膣内がひくひくと蠢いて、立香は三度の果てへと辿り着く。絶頂する立香の顔を見つめながら、オベロンは恍惚の表情で囁いた。
「蝶の翅には雌が発情する成分がある。そして、動物は生命の危機に瀕すると子孫を残そうと本能が疼くんだ。それが合わされば、毎晩盛っても仕方がない。ほら、今もこんなに子種を欲しがっている」
なぁ?と胎に向かって話しかけるオベロン。その様にかああと頬に血を登らせて立香が呻く。
「ば、ばかぁっ!」
はははっと笑うオベロンの背にはトンボのような羽。鱗粉は無いはずなのに、小さな黒い粒子が立香に向かって落ちてくる。
「は、あぁあっ! あぁあんっ! あっ、また、奥に、奥にあたってるうっ!」
「りつかっ、立香っ、ああ、……はやくっ、孕めっ! ……孕めっ!」
「ぁ、あ……っ! や、め……ぁ、ぅ、……っだめ、ま、だ、だめっ!」
「……っ、ぐっ、あっ」
『まだ』という言葉にオベロンの方が臨界する。四度目の射精は流石に短くゆるゆるとした勢いのものになった。
「言ったな?」
色づく乳首の先を摘み、オベロンは立香の意識を覚醒させる。
「ぅあ……? あ……?」
その先穂を口に含みながら、舌先で乳輪を擽る。
「あっ、あっ……」
「んっ、ちゅっ、はっ、……早くきみのミルクが飲みたいなぁ」
底意地悪く笑うオベロンの声はもう立香には届いていない。呆けたように喘ぎを零す立香の腹をオベロンはもう一度撫ぜ、立香が失神するまで彼女の胎に白濁を注ぎ続けた。

 

「そうさ。諦めるものか」
例え何度願いを打ち砕かれようとも――。

運命との邂逅と切望の願いの先へ。
第四特異点、ロンドンの定礎復元完了。

 

000915134→0002245543