【始めに】
このお話ではデイビットの能力を捏造しています。彼がミクトランパで召喚したクトゥルフ関連のサーヴァントと彼の生い立ちから着想し、かなり冒涜的要素と探索者要素を突っ込んでおります。そういったものが苦手な方は避けて頂いた方がよろしいかと。よろしくおねがいしますー!
ビーッ! モーニングコールにしては、切迫感があり過ぎるアラームが鳴った。その十五分後、管制室にカルデアの関係者全員が集う。面々の緊張した表情を見渡して、ロマニは口火を切った。
「遂に第七特異点の座標を特定した。紀元前二千六百五十五年、古代メソポタミア文明。神代最後の時代。そこにあるはずだ――。魔術王ソロモン自らが送ったという最後の聖杯が」
いよいよ決着を付ける時。だが、立香の心は彷徨っていた。
(聖杯はキングゥが持っている)
既にその事実を知る立香は、どう振る舞えば良いのか分からなかった。過去自分の行いをなぞることは難しくないだろう。けれど、それでは意味がない。Aチームが特異点を修復する必要があるのだ。
(Aチームか……)
みな、素晴らしい逸材だ。どの特異点も彼らが居たからこそ、被害少なく事を進めることが出来た。その、一方で。素晴らしい出会い、煌めく命の輝き、心を打つ別れ、――というものは少なかったように思う。多い少ないで物事を推し量るような無粋はすまいと戒めつつも、過去自分が歩んだ道行きとどうしても比べざるを得ない。何時だってギリギリだった。何時だって奇跡の連続だった。苦しいこと、悲しいこと、亡くしてしまったこと。そんなものは無い方が良い。良いはず……なのに。空に輝く星々のような、魂に刻まれた英雄達の覚悟と命の輝き。忘れようもない、忘れられるはずもないそれらが、無かったことになる。
(私ってこんなに欲深い人間だったのかな)
だって、嫌だと思ってしまった。犠牲も被害も少なく済んでいるのに、彼らに会えないこと、彼らと旅を進められないことを嫌だと思っているのだ。――なんて醜い。自分が嫌だからと他人が犠牲になることを良しとするなんて、到底許容出来ない。
”なんで、――お前なんだ?”
どうして自分だったのだろうか。幾度となく繰り返した問い。その問いに意味など無い。たまたまだ。偶然、人類最後のマスターの席に座っただけだ。選べるならば、選べたとしたならば。Aチームが人理救済を行った方が良かったはずだ。……はずだ。
(でも、私の心が否定するの)
あの輝きを。あの旅路を。無かったことになどしたくない。だって、そうでなければ。そうでなければ……。
冷たく凍ったような指先を、誰かが握る。周囲に気づかれないようにそっと横目でその誰かを仰ぎ見た。
「……」
シルバーの髪、湖畔の水面のように静かなブルーの瞳。一瞥だってくれやしないのに。ぎゅっと強く彼の指が立香の手を握り、温もりを分け与えるように包み込む。
(うん――、)
指先に力を込めて。立香は、その細くも大きな手を握り返した。
「――以上が今回の作戦全容だ」
何か質問は?と問いかけ、沈黙を保ったままの管制室を見渡してロマニは大きく息を吐き出した。
「では、今回のメンバーだけれど」
ガタリ。誰かが立ち上がった。
「え? あ、っと。何か質問があるのかな。デイビット、……って。もしもし?」
彼はロマニには見向きもせず、一直線に立香の前まで歩み出た。彼の秘密を知る立香は、ごくりと溜まった唾液を嚥下する。何を言われるものか――。カルデアスタッフもAチームもマシュも、固唾を呑んで彼の動向を注視する。何故なら、これまで彼が能動的に何かを行うことなど皆無だったからだ。人理救済についても「無駄なことだ」と一蹴して静観を決め込む始末。その能力に期待を込めていたスタッフ一同の嘆きの溜息が部屋の外まで漏れ聞こえるほどだったという。そんな彼が、デイビットが動いた。
「フジマル」
ひとこと。その音のなんと重たいことか。こわばりそうになる頬の筋肉を無理矢理引き上げて立香は困ったように笑う。
「なに?」
彼は、言った――。
「この戦いに価値は無い。それどころか意味すら無い」
は、とオベロンが息を詰まらせた音が聞こえる。
「人理を救済したところで、フジマル、お前の運命は避けられない。――俺たちを巻き添えにしてまで得たいものとは何だ」
ありきたりな表現だが、心臓が凍ったのではないかと思った。無駄も余剰もない、ただただ鋭い一撃を胸に打ち込まれて、立香の鼓動は一度止まったのだ。
(いみ、イミ、意味は……)
「望むことは悪かい?」
落ちてきた言の葉に自然と視線を伸ばす。もしかしたら、縋るような視線だったかもしれないと後になって思う。でも、この時はそんなことを考える余裕すらなかった。泣きそうな気持ちを抱えたまま、立香は隣の人物を仰ぎ見た。
「ただ穏やかで退屈で……。何でも無い毎日を明日を取り戻したい。そう願うことは人間なら当然に願うものじゃないかな。それを、……君は無価値で無意味だと断ずるのか」
それまで立香から視線を逸らさなかった彼は、オベロンへと視線を転じる。なるほど、と彼は呟いた。
「合点がいった。お前か。彼女が願っているのだとしたら随分と不自然な点が多かった。その特異性故か、どうにもお前は読みにくい」
(願う?)
デイビットは一体何の話をしている? 立香がそれを問い質す前に彼は踵を返す。
「え? あの、」
「ああ、もう解決した。時間が無い、直ぐにレイシフトするぞ」
「え? え?」
目を白黒させる周囲を置き去り、デイビットはロマンに視線を合わせてコフィンを開けろと言った。
「――ごめん。全然状況が読めないけど、レイシフトしてくれるってことでいいのかな?」
「そう言ってる」
(((「言ってねーよ!/言ってないわ!)))
ははは、君らしいとただひとりキリシュタリアだけが笑った。
◆◆◆
人理定礎値:A++
年代:B.C.2655
場所:メソポタミア
神代最後の時代――、魔力に満ちあふれたその場所は何処となく息苦しさすら感じる。圧倒されるそのマナを味わう間もなく、カルデア一行は叫んでいた。
「おーちーまーすー!!!」
「アハハハハハ、ほーんと、カルデアって退屈しないよねー」
「あ~、そうだった、そうだった」
マシュがパニックになりながら叫んだ。オベロンが棒読みになりながら悪態をついた。立香はどこか懐かしい気分に浸りながら、マシュに声をかける。
「マシュ、落ち着いて! 宝具を」
「フジマル、掴まれ。キリエライト、冷静になれ。お前の宝具を忘れたか」
「へ?」「あ゛?」「――、そうでした! ギャラハットさん、宝具をお借りします!」
どおおおんっ。大きな衝撃音とともに一行は華麗に着地する。
「あ、ありがと、う」
立香は言葉を突っ返させながら感謝の言葉を告げる。「構わない」とデイビットは重たさを感じさせない手つきで立香を地面に降ろした。
(お姫様抱っこだった!)
「……、ボクに任せて貰っても構わなかったんだよ? ほら、何せ彼女のサーヴァントなんだから、さ!」
「効率が悪い」
「は゛?」
どうどうとオベロンを立香が押しとどめると、
「だいったい! 君もなに簡単に身を預けてるんだよ!」
「いやそれは不可抗力と言いますか何と言いますか」
形勢不利、形勢不利! 油に火を注ぐ結果になり、立香の頬を冷や汗が流れる。
『話の途中だが! ワイバーン、いや、違うな!? 何かいるぞ! 警戒を』
「分かっている」
適性反応に全員が即座に戦闘態勢に入る。いや、正確には既にデイビットだけは向かってくる未知の敵を見定め終えていた。
(流石……!)
立香は内心で感嘆の声を上げた。彼の素性を知ればさも当然かもしれない。けれど、同じマスターあるいは魔術師として活動する彼の姿こそ立香がどんなに望んでも手に入れられなかったものだ。デイビットだけではない。カドックもオフェリアも芥もペペロンチーノも、キリシュタリアも。みな、素晴らしいマスターだった。(約一名の名を上げないのは意図的に。あの時の恨みは決して忘れない。覚えていろ、何時かジャパニーズ土下座をさせてやる)(もうその機会は永遠に来ないけどね)こうして旅を共にして、間近でその才を見ることが出来る。それだけで、この旅路に意味はあったと立香は思う。
「さて。面倒だが仕方無い。これもサーヴァントの務め、やろうか」
踊りの方が得意だけどねと嘯くオベロンに、マシュは少し笑みを浮かべながら一同の前に出る。
「はい、マシュ・キリエライト出ます! マスター、指示を」
「了解! 行こうか、マシュ、オベロン」
右手の手袋を引きながら立香は腹に力を込める。魔力も知識も、何もかも見劣りする自分だけれど。それでも、出来ることをする。何時だってそうしてきた。きっとこれからも。
「デイビット。そっちは」
君に任せると言いかけた、立香の言葉が止まる。ひゅうと喉の奥が戦慄く。紫の瞳が真っ直ぐに立香を見つめ、微笑んでいた。
「そうだ。君はそれでいい」
「う、うん」
知らず紅くなった頬を手の甲で拭って誤魔化す。
(こういう人だっけ――!?)
混乱しつつも歴戦のマスター脳は、適性反応へと思考を動かしていく。
「……帰る時一人減ってたらだめかなぁ、マシュ?」
「お気持ちは分かりますが、どうぞ堪えてください。オベロンさん」
「それ、妖精王に言う?」
びゅうと風がなった。
”Fist of Yog-Thothos(ヨグ=ソートスのこぶし)”
黒いコンバットブーツに包まれた足が強靱な獣の顎を砕く。
ギィイイイ!
”Skin of Sedefkar(セデフカーの皮膚)”
左脇から襲いかかってきた魔獣の爪を分厚いマントで払いのける。そのまま、相手の鼻っ柱に拳を二度三度たたき込む。獣はうめきを声を上げながら地に伏した。
「いや、つっよ!」
「は、はい! とても同じ人間とは思えません!」
「……」
戦闘は最早、デイビットの独壇場と化していた。彼が拳を振る度に衝撃波が起こり、魔獣の体を吹き飛ばす。体当たりしてきた魔獣はその体を蹴り飛ばされ五メートルほど先の壁まで吹っ飛んだ。唾液滴る恐ろしい口で噛みついてきた獣は見るも無惨にその自慢の牙を折られた。英霊であるマシュとオベロンが魅入ってしまうほど、彼は強かった。
『恐ろしい。何が恐ろしいって彼、生身なんだよな』
そう。実に驚くべきことに彼は肉弾戦で魔獣を殲滅していた。正確には身体強化を施した肉弾戦、その威力たるや背筋が凍りそうになるほど。
「こ、これが魔術師の極地ってやつなのかー」
異次元の強さに羨ましい気持ちなどこれっぽちも湧き上がらない。清々しさすらある。
(まるでアニメのヒーローみたい。格好良い、)
ズガンッ!
デイビットの横を中型の獣がきりもみしながら横切った。
「――」
「おっと、ごめーん☆ 手が滑ったみたいだ」
オベロンが槍を持ったまま手をひらひらと振る。デイビットはそれを一瞥するとすぐに視線を逸らす。しかし、顔を戻す間際、「フッ」という呼気が漏れる音が聞こえた。
「いやいやいや、嫉妬なんかしてないし」
「……」
「あー、やだやだ。そういう勘違いされると困るんだよねー」
「……」
「だから、違うって言ってるだろう!?」
(いや、会話しろし)
クエッションマークを頭に大量発生させているマシュのフォローをしながら立香はツッコミを入れる。今回は随分と平和な旅路になりそうだ。
――なんて、思っていた時期がありました。
ぽた、ぽた、ぽた……。
真っ赤な血と肉片を纏ったソレを片手に持ち、彼は無表情に言う。
「フジマル、任務完了だ」
「……」
「フジマル?」
彼の言葉に呵責は無い。憐憫も無い。
淡々と彼はその抔に詰まった血を大地に振り落とした。
「人間はみんな失敗作だけど、その中でも度を超した失敗作が君たちだ」
そう言って、エルキドゥ、否、キングゥはその鎖を立香達に向けて射出する。
カァン!
マシュの盾が辛うじてその攻撃を防ぐも防戦一方。
(やっぱり強い!)
かの英雄王と並び立つ性能は使い手が変わろうとも幾分の劣りも無く。鋭くカルデア一行へと襲いかかる。けれど、それはこちらも同じこと。
「オベロン!」
「ああ、分かっているとも」
敏捷性に優れた彼、そして、秘められたクラス適性(プリテンター)は、剣弓槍に対して有利。手に持った獲物を握り直しながら、オベロンの瞳がタイミングを伺って眇められる。
「ふん、旧型が……何だ?」
キングゥの顔が訝しげに歪む。
くすくすくす。
誰かの笑い声が聞こえる。
カチン、という音に背後を振り返った。
デイビットがジッポライターを閉じている。微かにオイルと焦げた火の匂いがした。
(タバコ? いや、彼は喫煙者じゃなかったはず。じゃあ)
どうして火を熾したのか。
「ぐっ、あっ!?」
はっと正面に向き直ると、キングゥが腕を振り払う動作をしていた。その左腕には大きな噛み跡と真っ赤な血が付着している。ぽたぽた、と複数の滴が大地に零れていく。
「何だ! 何か居る!」
相変わらず、くすくすという笑い声が聞こえる。得体の知れぬその声にデイビット以外の全員が辺りを窺った。
「! 立香、右だ」
そっと囁かれたオベロンの声に立香がそちらへと視線を投げる。キングゥも気配に感づいたのか同じ方向へと視線を転じた。
何物かはっきりしない輪郭が見えてきた。大きなクラゲのような胴体、波打つ無数の触手。その先端には口のようなものがついていて、カチカチと牙を鳴らしている。赤い液が滴っていた。半透明な体は、先程吸ったであろうキングゥの血により赤く染まり、視認できるようになっていたのだ。
「何だこいつは」
その場にいる全員が思ったことをキングゥが恐怖と共に呟く。
(恐怖?)
同じ疑問に辿り着いたのか、キングゥもハッと口を掌で覆う。その手は微かに震えている。
「ありえない。ボクが、なぜ、こんな旧型に」
がさりと草が鳴る。デイビットが立香達の前に出る。その温度のない瞳がじっとキングゥに注がれている。
「お前の使い魔か」
憎々しげにキングゥが吐き零した。顔色ひとつ変えないデイビットにたじろぎながらも、自分の優位を保とうとしたのか、彼は笑みを浮かべながら自分の周りに円を描いた。
ジャアアアアッ!
大きな金の鎖がキングゥの周りに展開する。
ギイイイッ、という耳障りな音と共に半透明な何かがその体液を零すのが分かった。
「見えないなら、全て叩き落とせばいい」
ぐちゃりと落ちた魔を見て「そうだな」とデイビットは無感動に答える。その変わらぬ態度、一度とて失われぬ平静にキングゥの眉が歪み耐えきれぬ叫びが口から飛び出る。
「人間の癖に、生意気な!」
(あ)
その言葉に初めてデイビットは表情を変える。きょとりとどこか幼い顔つきは、次の瞬間小さく綻んだ。
「そうだな」
先程と同じセリフは酷く柔らかな音で紡がれた。故に、瞬きの間に消えたその表情が切なかった。
「幻影こそ唯一無二の現実。そして、物質こそ大いなる詐欺師。全ての生きるものと死せるもの、全ての現実がこの中にある。それは、最極の|空虚《ヴォイド》。故に、デイビット・ゼム・ヴォイドがその名を呼ぼう」
”The summoning of the angel Yazrael(天使ヤズラエルの招来)”
『っ!! 全員、目を閉じなさい!!!』
芥ヒナコがそう叫ぶと同時に立香は凍り付きそうになる瞼を辛うじて閉じた。カタカタと寒気が止まらない。閉じる瞬間に見えてしまった玉虫色が目の奥にこびりついて離れなかった。人として、いや、生物としての本能が叫んでいる。そこに居てはいけないものの欠片が漏れ出ている。破滅と異常、理解してはならないもの。それはそういったものだった。
「あ、ア、ぁあ」
彼は見てしまったのだろう。キングゥの口から漏れ出たであろう意味の無い言葉が酷く寒々しい。そして恐ろしいことに彼以外の誰かの声が遠く、遙か遠くから聞こえる。
Ia! Ia! Iguaa, Iigai, Gai! Ngain, hi, shogogu futagun! Yaaaaaaaaaaaaaaa! I-Niyaa Ii-Niyaan Ngaa! Ngai Wafuru Futagun! Yogu Sotosu! Yogu Sotosu! Ia! Ia! Yogu Sotosu!
その声を聞いていると、だんだんと意識が判然とせず、けれど体は一ミリたりとも動かない。やがて、脳が溶け出し、て。
「十分だ」
何が十分なのだろうか。デイビットは何処か得意げにそう言うと、パチンと指を鳴らした。
「――ハッあ、あう、うええ」
地面に両手をついて胃液を吐き出す。息をすることを忘れていた。何てものを呼ぶんだと糾弾しようとした立香の耳に、ぶつっ、と嫌な音が飛び込んでくる。口に仕掛けた非難を悲鳴ごと飲み込んだ。
ぐちっ、ぐちゅ、ぶち、ぶちぃ、……。
「見るな」
オベロンに言われた言葉はデイビットの続く言葉で水の泡になった。
「フジマル、任務完了だ」
「……」
「フジマル?」
がちゃんとマシュが盾を取り落とした音が聞こえる。ハッハッハッと忙しない犬のような息は彼女のものか自分のものか。視線を逸らすことも出来ずにその深紅の聖杯を見つめていると、もぞりと地面が動いた。
「ぁ、ア、」
(キングゥ!)
咄嗟に駆け寄ろうとした。
「ぁあ、ボクは何のために、ァ、生まれたん……だろう」
(違うの。そうじゃないの。こんな、こんな結末じゃなかった!)
誇らしげに王様は言った。友の勇姿を、その目に焼き付けたと。体は同じでも、貴方は違う命なのだとそう言ってくれたのだ。無力と空虚の末に終わる命では無かった。
涙でぐちゃぐちゃになった視界の端、きらきらと光の粒子が舞う。
「……コレで、終わり? そんな、そんなっ!」
「立香っ!!」
オベロンが強く立香を抱きしめる。飛び出してキングゥに駆け寄り、その手を握ることは出来なかった。真実を告げることは出来なかった。光は一拍の猶予もなく、立香をその時代から引き剥がした。
◆◆◆
パシュン――、という軽い電子音でマイルームの扉を開く。重苦しい空気の管制室を退出して、ドクターの「お疲れ様」という覇気の無い声を背に受けながら扉をくぐり抜けた。ドクターはそのままマシュのメンタルチェックに入るそうだ。力なくふわふわと歩き、ベッドの端に座り込む。何も考えられなかった。
「……」
立香の様子を見かねたオベロンが、彼女の足を持ち上げて白いブーツを脱がせていく。なすがままボンヤリとそれを見ている立香にオベロンは言葉をかけず、反対の靴も脱がせる。パチン、パチンと胸元のベルトも外し上着を取られた。するりと緋色の髪に差し込まれた指が黄色のシュシュを奪っていく。とさりと体が寝台へと倒れ伏した。瞼の上に白く大きな手が被さり、立香の瞼の上に暗闇が訪れる。
「寝てしまえ。そうすれば、あれは夢のようなものだったと思えるさ」
「…………」
「おやすみ、立香」
優しい声が立香を現実から連れ出していく。両足を夢の池に浸らせながら立香はふと思い出した。
(そういえば、マーリンに会わなかったな)
会う暇すら無かったのだとは考えないようにした。
「戯けが。星を取りこぼした愚者に我に会う資格なぞないわ」
偉大なる王と都市も、冥界に咲く花も、冠位も獣も無い。
カルデアの星読みの前に星は瞬かない。
第七特異点、バビロニアの定礎復元完了。
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