たった一度だけ、あのカルデアで空を見た。
青く、碧く、蒼く、美しい空――。
空気は澄んでいて、雲は無かった。
大地は一面の白銀で、その果ては無かった。
沢山のものを失って、一等大事な心も失った。
それでも……。隣に立つ人の手は温かかった。
あの時の気持ちを、明瞭に言葉に出来る日はきっと来ないだろう。
でたらめで、行き当たりばったり。最善も最適も最小も最大も知らず。
目も当てられない程のみっともない旅路だったのだろう。
けれど。
受け取った記憶は、感情は、感謝は、目が眩むほど輝いていた。
――星は、輝いていた。
(だから、こうなる気はした)
今の空を見上げる。真っ暗だ。
(いや、そもそもあれって空と定義していいものかな)
何処でも無い場所。静かで孤独で寂しい場所。宇宙に一人放り出されたきっとこんな気分になるのだろう。だとしたら、自分は永遠に宇宙旅行には縁が無さそうだ。
(ああ、でも、似てるかもしれない)
妖精國でたったひとりぼっちだった、彼に。
そう言えばその彼とやらは何処に?と思い、緩慢に顔を横にずらした。
(あー、いたいた。滅茶苦茶だけど)
少しばかり離れた大地に横たわる影。ここに来て尚、妖精王のガワを被っているのは流石としか言いようが無い。だって、本当に滅茶苦茶なのだ。
片翅は付け根の辺りから千切れて煤けている。右足は膝から下から無く血らしきものが零れている。体は硬い大地に横たわり、辛うじて上半身を起き上がらせていた。ふと彼の顔が上がりこちらを視認する。
「立香っ」
ああ、そんな声で呼ばないでほしい。自分よりずっと君の方が痛々しいのだし、思ったより痛みは無い。痛みが無いのは危険なことだ。よくよく知っているが、なってしまったものはどうしようもない。
「立香、りつかっ、」
オベロンが這う。無い足では立ち上がれず、腕を鋭い岩にぶつけながら亀の歩みで向かってくる。
(あぶないよ)
言ってる側から彼の腕に新たな傷が出来る。王冠はとっくの昔に滑り落ちて見当たらない。それでも彼は止まらなかった。
(もう、いいんだよ)
よくないと彼の口が叫んだ。ずるずるずる――、オベロンは這う。そんなみっともない姿、誰にも見せたくなかったろうに。
「ハッ、地面を這うぐらいで丁度良いさ」
蟲だからね。言外に言われたセリフに思わず笑ってしまう。その弾みで涙が目尻から零れた。
「立香……」
手が届いた。ああ、彼の手はとても。
「あったかい」
「――。もう少し、もう少しの辛抱だ。今度こそ紡いでみせる」
(?)
何のことだろうか。
「……きみは知らなくていいんだ」
馬鹿にするでも無く、彼は小さく笑った。
(あれ? あれれ?)
何処かで、見た気がする。どこかで、……。
フラッシュバック、記憶が洪水のように溢れてくる!
『マリス・ビリー!』『所長はどうして』『さよならだ、立香ちゃん』『ああ、それはとても楽しい旅路だったとも』『ないないない! まさかそんな、……あったりします?』『エンジン停止! 予備エンジンを起動しろ!』『主砲用意、――てぃっ!』『藤丸立香、君はXXX』『先輩、せんぱいっ、有り難うございましたっ』
ピーッ。
『人理ハ保証サレマシタ』
『これがきみの結末なのか、これがっ、こんなものがっ』
啼いていた。君が泣いていた。
『いいんだよ、オベロン。だって、私はゴール出来たんだから』
ああ、確かに自分はそう言った。覚えている、覚えている!
『むしろ丁度良かったって思ったぐらい。だってさ、今更戻れって言われても。前のようにはいかないだろうなって思ってた、から。マシュもみんなも居ない。……オベロンも居ない。どうやって生きていけばいいのか、正直、全然分からなかったよ』
ひゅうと相手が息を飲む音がした。
『きみはっ、退屈でっ、つまらないっ、何でも無い毎日を生きるんだろ! 馬鹿みたいに笑って、何処にでも居るようなやつと結婚してっ、それからっ、それから、、最後に俺を』
思わず笑ってしまった。溜まった涙がその弾みで目尻から零れた。
『もしかしたら、私、君が思っている以上に強欲なのかも』
唇を震わせて、一音も聞き漏らさぬように彼は立香を見つめる。最期に口にする願いは何か。人理が保証された途端、あっさりと立香の運命を手放した世界への復讐か、あるいはこの星の終わりか。
『退屈でつまらなくて何でも無い毎日を、君と一緒に過ごして。それから、それから、一度でいいから、……いいから。ウェディングドレスを着て、きみのとなりに、立ちたかった、なぁ』
馬子にも衣装と、鼻で笑われたかった。
『ばかだなぁ』
彼は小さく笑った。
『本当に愚かで、……甘ったるい願いだ』
『だが、請われたなら仕方が無い。――王子だからね、要望には応えるとも』
その笑顔に見惚れていると、真っ暗な夜闇が落ちてきた。
――暗転――。
それが最期の記憶。
「黄昏の空を喰らえ、彼方とおちる夢の瞳」
今、同じ闇が落ちてくる。……温かく寂しい夜が落ちてくる。
◆◆◆
「何だあれはっ」
「黒くて、大きい、あな?」
「――ッ! 先輩っ」
マシュが身を乗り出して、崖の向こうへと飛ぼうとする。彼らと彼女らの間には深く底の無い大きな亀裂。ソロモンを倒したことにより、この空間の崩壊が始まっていた。
「駄目よ、マシュ!」
オフェリアとペペが二人がかりでマシュを引き留める。きっとデミサーヴァントの彼女が全力を出せば二人を引き離すことは容易だろう。しかし、放り出された彼らが万が一にでも大地の裂け目に落ちてしまったら……、心優しいマシュにその選択肢は選べなかった。
「だって、だってっ、こんなのってないです! もう全部終わったのに!」
どうして彼女の側を離れてしまったのだろう、とマシュの心に後悔の念が渦巻いて嵐のように唸りを上げている。あの二人ならきっと大丈夫だとそう信じて、前に進んだ。その結末がこれなのか。幾度も見た二人の連携は一分の隙も無い。無かったのに。突如何も無い虚空から光が走った。オベロンが気づいて咄嗟に立香を庇ったが、その光はオベロンの翅と片足を貫通して、立香の身を貫いた。
「いやですっ、いやです! 先輩っ、――あああああ!」
泣き叫ぶマシュはその身をAチームの仲間達に抑えられながら、帰還ルートに一歩足を後退させた。
ぱちりと視界を開く。そこにあるのは、見慣れた暗闇。
ハッと我に返って抱きしめているものを確認する。
緋色の髪に覆われた頭頂部が見えた。
オベロンは、ほっと安堵の溜息をはく。
「安心してるところ、悪いんだけどさ」
それはすぐ下の闇の中から聞こえた。オベロンは、綻んだ顔を無にして、そちらへと視線を投げる。自分と全く同じ顔の男が暗闇を落下している。
「もう終わりだよ」
「……」
「お前は勿論、彼女の魂が耐えられない。何度も何度も、”もしも”を繰り返して、その度に存在が希薄になっていく」
物言わぬオベロンに、その男は組んだ腕を後頭部に添えながらやれやれと息を吐いた。
「奈落は何処でも無い穴だ。だが、言い換えれば、何処にでもあるとも言える。その特性を活かして、数多のもしも何々だったらという可能性を引き寄せたお前は、そこへ彼女の魂ごと飛び込んだ」
オベロンと同じ顔をした青年は、その昆虫を模した足を組み替える。
「藤丸立香が穏やかに笑っていられる”もしも”。ありもしないそれをお前は血眼になって探した。藤丸立香が人類最後のマスターでない世界に望みをかけて。だけど、世界は無情だ。何度も何度も、藤丸立香は死んだ」
Aチームがいるならば、お荷物は要らぬと殺された。串刺し公の槍に貫かれて死んだ。神の鞭に四肢を吹っ飛ばされて死んだ。虞美人の逆鱗に触れて殺された。美しき暗殺者に心中に蟲を疑われて殺された。無理矢理付いていった特異点で、闇の御子に引き裂かれて死んだ。恋に狂った男の嫉妬心に殺された。見てはならない冒涜的存在を直視して廃人になって死んだ。
「あと、何だっけ? まあ、いいか。兎に角、死に方の見本市みたいにソイツは死にまくって、その度にお前は彼女を呑み込んで無かったことにした」
今が『何回目』なのか、とっくに数えるのを止めてしまったと彼は言う。
「でも、物事に永遠はない。もう一度だって、跳べやしない」
五月蠅いとオベロンは吐き捨てた。そんなことは分かっている。それでも彼は諦めていなかった。
「はぁ。我ながら理解に苦しむな。永遠に終わらないものを望むなんて、終末装置が聞いて呆れるよ。…………、己の在り方を捻じ曲げるほどの何かが、あそこにはあったのか?」
そこで初めてオベロンは、もうひとりの自分――奈落を落ちている自身に笑いかけた。
「お前には教えない」
「生意気~。ま、知りたくもないけどね。さて、時間切れだ。彼女を渡せ」
差し伸ばされた両腕を避けるようにオベロンは立香の体を強く引き寄せた。
「……お前の根性に免じて、彼女の魂が何物にも利用されないように見ておいてやるよ」
お前にはもうそれが出来ないだろうから、と奈落の蟲は言った。それは正しかった。力を込めた腕の端は、ぼろぼろと零れ落ちている。何度も跳んだ弊害でオベロンの霊基は限界をとうに超えている。このままでは彼女を何処かに落っことして仕舞いかねない。それは分かっていても、……。
「……いい加減諦め、――何だ?」
不意を打たれた声にオベロンは後ろを振り向いた。果たしてそれは上なのか下なのか判別は付かなかったが、――ぴかぴかと光る何かがオベロンに向かって落ちてきた。
ぱしり。
反射でそれを掴んだ。立香を落とさないように慎重にそれを自分の眼前に持ってくる。
「せ、いはい? なんでそんなものが」
驚く奈落の蟲の声を片隅に、オベロンの妖精眼が真実を映し出す。
「マシュ、貴方何を」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、マシュは放物線を描いて穴へ落ちていく黄金の輝きを涙越しに見据える。
「先輩の存在なくして私達は人理を救済することは出来ませんでした。ほんとうは、本当はこんなものじゃあ全然足りないのです。これっぽちも見合っていないのです。でも、私には、こんなものしか手向けられなくて。浅ましくも、”もしも”を願うことしか出来ないのです」
もしも、世界に神様がいるのなら。どうか、どうか、この願いがあの黄昏まで届きますように――。
「――」
呆然とオベロンはその杯を見た。何かを口にしようとして、言葉にならなくて。ただ一言、「マシュ」とだけ呟く。それを苦々しげに、痛ましげに、奈落の蟲は見つめ、口を開く。
「聖杯は……、高次元の位相から落ちた影、優れた魔力リソースの結晶でしかない。よしんばそれで奇跡を起こせたとして、たった一度の奇跡如きでは、藤丸立香の運命は変えられない!」
その叫びに後悔の念を感じ取って、オベロンは嘆息する。きっと彼も変えたかった。どんな形にせよ、藤丸立香を消費されるだけの運命から解放したかったのだと分かってしまう。何故なら、オベロンも奈落の蟲も、彼女を■■しているから。
「っ、試したいならば試せば良い。その下らない泥の杯に願って、もう一度、”もしも”を繰り返してみるかい?」
口の端を無理矢理引き上げて、奈落の蟲は笑う。実際、彼の言い分は正しい。これだけの試行回数を重ねても、オベロンが望む”もしも”には辿り着かなかった。絶望がオベロンの肩に両手を伸ばした。それを察した奈落の蟲がもう一度腕を広げる。
星が落ちてきた。
ひとつ、ふたつ、みっつ、――。
ぴかぴかと輝くそれは、オベロンの手にある聖杯と同じ輝き。
「え」
伏せた顔を上げる。
奈落の底に、流星群。満天の星空から沢山の光の筋が降り注いだ。
「な、なんだこれ」
同じ感想を抱いたオベロンの目の前に、亜麻色の髪をした精霊が現れた。
「全く、……。揃いもそろって見ていられないのよ、お前達」
(虞美人?)
「借りっぱなしは趣味じゃない」
銀色の髪の青年がピアスの付いた耳を所在なさげに触りながら言った。
「あの時、嘘でも手を差し伸べてくれて、――嬉しかった」
嫋やかな顔に不釣り合いな眼帯をつけた少女は気恥ずかしげに笑った。
「フフッ、私、恋バナが大好きなのよね~♡ だって、人は何時でも愛に生きるイキモノでしょう?」
美しい唇に人差し指を当てながら、彼はとびっきりのウィンクを投げた。
「一度だって言ったことは無いけれど、何時だって君たちに憧れていたよ」
良い旅を、そう言って彼は手を振った。その肩には黄金の鳥が羽を休めている。
「『意味が無い』と言ったあの言葉を訂正しよう。そして、これは『善いこと』だ。そうだろう?」
マシュと同じ、紫の瞳が燐光を帯びる。その光は知性の光だ。
幾多の”もしも”の影が浮かんでは消えていく。
「何だコレ? 一体、何が起きている?」
酷く当惑した声に、堪えきれずに笑った。その声を聞きとがめて、相手の顔が酷く歪む。それを横目にオベロンは手に持った聖杯を見つめた。
「一度の奇跡じゃ足りない。お前の言うとおりだ。なら、願おうじゃないか。文字通り、星の数ほどの奇跡に!」
掲げた聖杯は、目も眩むような光を放つ。
それは奈落の底に降る数多の聖杯とも共鳴し、
――一条の光も差さぬ奈落の底に、黎明を告げる朝日を届けた。
◆◆◆
「「いただきます」」
二人揃って食卓に着く。少し日差しが柔らかくなった季節。白夜の如き熱帯夜は遠ざかって、この頃は夕飯頃になると黄昏か宵闇が空を彩った。
「朝、コロッケが食べたいとか言ってなかった?」
オベロンは不思議そうに鰻丼の入ったどんぶりを抱え持ち、首を傾げた。
「オベロンのせい、……や、お陰、かな」
うん?と更に彼は首を傾ける。
「オベロンさー、この間、鰻屋のおじいさんを負ぶってあげたでしょう?」
その言葉にオベロンは数日前の出来事を思い出す。駅からの帰り道、商店街の入り口で、老人が一人座り込んでいた。むすっとへの字に曲がった唇と猫のように刺々しい雰囲気に、人々は気にしながらも足早に通り過ぎていく。さもありなん。彼はこの辺りでも有名な偏屈で頑固な老人の一人だった。恐らく腰か足を悪くしているのだろうが、彼の性格上、誰かに手を借りることも出来ずに、立ち往生しているらしい。やれやれと頑固者が此処にも一人と、オベロンは深く息を吐いたものだ。
「あー、通行の邪魔だったから。家まで届けたんだよね」
くすりと立香が笑った。むっとオベロンの眉間に皺が寄る。誤魔化すように、鰻の肝入りのスープを手に取った。
「鰻屋さんの前を通ったらさ、おじいさんがいきなり出てきて、滅茶苦茶一杯、商品渡されたんだよね」
曰く、あんなひょろひょろでは背負われる方も気が気じゃない。若いんだから、精々、鰻でも食って精を付けろとの言伝を賜った。
なるほどとオベロンは頷く。しかし、気に入らないのは目の前の立香だ。何が嬉しいんだが、ニコニコと笑っている。いや、その心中を見るにニヤニヤと形容する方が正しいだろう。
(気に食わない)
一泡吹かさねば気が済まないオベロンは、食卓を今一度見渡す。鰻丼に鰻ときゅうりの酢の物。だし巻き卵。そして、肝入りのスープ。
「ふーん、鰻満漢全席と。これは随分と精が付きそうだなぁー」
態とらしく語尾を上げることを忘れない。目の前の立香の顔がハッと強ばった。
「え? 精って、若い……って、あ! そういう!?」
頬に血の色を散らした立香の言葉に空かさず質問を挟んだ。
「そういうことって、どういうこと?」
今度はニヤニヤと笑うのはオベロンの番だった。
「……滋養強壮って意味だし」
「はい、うそー」
「嘘じゃないし! 本当だもん! エッチなこととか考えてないもん!」
「ぶふっ、……ふーん、エッチなことなんだ」
「!! ちがっ、違うって言ってるでしょう!?」
いい加減黙って食べなよっと鼻息荒く立香が鰻丼をかき込んでいくので、しみじみと蒲焼きの丁度良い焦げ加減を味わいながら、「流石に毎日鰻はしんどいなぁ」と呟いた。ごほっと対面で噎せる音がしたので、そっとお茶を差し出しておいた。なんて出来る夫だろうかと自画自賛をして次の鰻メニューに手を伸ばすオベロンだった。
ふんふんと鼻歌交じりに灯りの付いていない廊下を歩く。夕食後の食器洗いを手伝おうとしたが、「早くお風呂に入ってくれる!?」とリビングを追い出されてしまった。そんなに?と些かに頬を染めながら、しなを作って見せれば、キシャーッ!と子猫のような威嚇を受けた。げらげらと笑いながら、リビングのドアノブを回す。
風呂場は廊下の突き当たりにある。そこを目指して、廊下の一角を通り過ぎた頃。
「随分とご機嫌じゃあないか」
と誰かが声をかけてきた。オベロンは、人の影も無い廊下で足を止め、隣の壁に顔を向けた。視線の先には、少しばかり古めかしい鏡があった。おおよそ一メートルほどの大型の鏡は、上半身がすっぽり映り込む程度の大きさだ。枠は蔓状の文様で縁取られ、所々、鳥や虫のレリーフが刻まれている。蚤の市で立香が見つけてきた骨董品だ。その鏡の中に、オベロンと同じ顔が映っている。その端正な顔立ちの青年は、銅色の縁に肘つき、呆れたように掌に顎を乗せている。
「言ったろう? 聖杯は高密度の魔力リソースに過ぎないって」
オベロンと鏡の中の青年は見つめ合う。同じ色の瞳が、それぞれ異なる光を宿している。片方は呆れ、片方は――。
「これが本当の奇跡だと信じてる? 聖杯が見せる夢だとは思わないのかい?」
…………溜息。それは呆れでは無く、満ち足りた呼気だった。
「どうでもいい」
「は?」
「どちらでもいいんだよ」
彼女が笑っているなら、夢でも奇跡でもどちらでも構わないとオベロンは言った。その上で、彼は酷く酷薄な笑みを浮かべて、鏡の中のオベロンを見返した。
「後もう少しだったのに、残念だったな。――星の光を食べ損ねた負け犬」
そう言い捨てると、オベロンは再び鼻歌を歌いながら廊下を突き進む。もう彼が振り向くことは無い。けっ、と鏡の中のオベロンは唾を吐く。
「我ながら最悪だな、アイツ」
はああぁあと深く息を吐き出して、鏡の枠に頭を預ける。「ああ、そう言えば」と彼は一度伏せた頭を持ち上げた。
「この物語は聖杯が見せる残酷で優しい夢なのか、それとも、数多の選択肢が生んだ奇跡なのか、」
君はどっちだと思う?
【了】