交響曲★七章:妖精王の儘ならないカルデアライフ

「このクソ虫ーーーーー! あれ程、言ったではないですか! 次は男子と!!!!!」
オベロンはモルガンに胸元を掴まれたまま、がっくんがっくんと振り回されていた。
あああと嘆く彼女に向けるオベロンの瞳に光は無い。屍のようだ。そんな彼の耳に、聞きたくも無いサーヴァントの呼びかけが届く。
「よ!豊穣(意味深)の妖精王」「流石、幸運EX」「夜のビリーザキッド!」
ふざけんな。特に最後のやつ。最近、そこかしこで視線を感じる。何なら鉛の匂いがする。まじで命狙われてるから。
「二人目も女の子だったのですね」「そうみたい」
妖精騎士達が荒ぶるモルガンを慰めながら、和やかに会話を続けている。そう、二人目――。
地面に倒れ伏しながら、オベロンは過去の自分を殴りつけたかった。
(まさか、一発で出来るとは……。聖杯、仕事し過ぎじゃない?)
とはいえ、やることをやった結果の当然の帰結な訳で。世間一般の評価で言えば、オベロンが最低ということになる。お陰様で先のように、サーヴァント連中(特に男性陣)から言われたい放題だ。奈落に帰りたい――と虚ろに地面を眺めていたオベロンに影が差す。
反射的に顔を上げて、――伏せた。
「気分最悪の時に、君の顔は毒だから。帰って」
「ひどっ!え、拙者、何もしてないのにディスらたんですが?やだー、黒ひげ泣いちゃう」
「身をくねらせるな、吐気がする」
「シンプルな罵倒。たまりませんな。ダウナー系王子のツンにキュンキュンしちゃう」
「死んで。今すぐ」
「ご褒美です! と……まあ、茶番はこの位にしまして。清少納言殿より聞きましたぞ。図書館に日参して調べものをしておられる、とか」
「……」
うんうんと頷きながら黒ひげは、目元にハンカチを当てる。
「みなまで言うな、オベロン氏。拙者、まるっと察しているでござる。誰にも語らずに解決の糸口を見つけようとなさるその姿……くう!拙者、感動の涙が止まりませぬ。微力ながら、お手伝いをさせて頂きたく。どうぞこれをお納めくだされ……」
真剣な眼差しで黒ひげは二冊の本を差し出した。思わぬ対応にオベロンは目を丸くする。正直、この男との会話は頭痛と吐気しかないが、彼が探し物をしていることは事実だ。
オベロンは見慣れないその本を受け取った。
『今を時めく筆者が厳選した四十八手!これで貴方も妊活マスター』『男女の産み分け・極め。永久保存版』
彼方とおちる夢の瞳ライヴォ
「アッーーーーーーー! 縮小版奈落やめてぇええ!!!」

(悪いことは言わない。汎人類史は今すぐ滅びるべきだ。)
吐気を堪えながら、オベロンはマスターの部屋の扉を開ける。中に入れば、立香が鏡の前に立っていた。丁度着替えが終わったところだったらしい。
「オベロン!」
鏡越しの彼に気が付いて、立香が振り返る。ふわりと彼女のスカートが揺れる。柔らかな萌黄色のワンピースは彼女によく似合っていた。戦いから遠ざかったマスターを今こそとサーヴァント女性陣が奮起し、あれやこれやとケアを施した結果、今や彼女は英霊ですらドキリとするほど美しい女性となった。肩より伸ばされた髪はふんわりとカールしながらも艶があり、鍛えられた肢体は柔らかな曲線を帯びた。昔から人を魅了して止まないその瞳は、キラキラと華やかさを纏っている。
「どうかな?」少しだけスカートの裾を持ち上げて、彼女が尋ねた。
「似合っているよ」
多くは語らず、オベロンは立香を抱きしめた。
「……体調は?」
「ん、 大丈夫だよ」
彼女の強がりに、ため息が出る。オベロンは少しだけ腕の力を強めながら、立香を嗜める。
「噓つきめ。全然大丈夫じゃないだろ、馬鹿」
立香は自分を抱きしめる温もりに頬を摺り寄せながら、困ったように笑う。少しだけ体を離して、オベロンは彼女の顔を正面に捕らえる。
泣きはらした目が痛々しい。ちゅっとその目元に優しい口づけを贈る。くすぐったそうに立香は身を捩りながら、彼の首に両手を回して、唇へのキスを強請る。そのいじらしい仕草に辛抱堪らず、オベロンはその口先に吸い付いた。
「ん、んん、あっ。はぁ」
甘い口づけが段々と深くなるにつれ、これはよろしくないなとオベロンは内心で焦る。どうにもここ最近は、自制が聞かないのだ。もっと深く繋がりたくなってしまう。必死に自分の理性をかき集め、彼女から身を離そうとする。
「ん、??? んんんー!?」
ところが、立香がぎゅうと首に回した腕に力を込めて離さない。慌ててオベロンが力を籠めれば流石に筋力差で勝てず、二人の体に距離が出来た。荒い息をつきつつ、服の袖で零れた唾液を拭う。
「はぁ、はぁ、落ち着けってば…。――どうしたの」
目元に涙を溜めた立香は、その問いには答えず。温めて、と請う。
「それは、ちょっと……だめだよ」
「どうして」
不満そうな立香の瞳に剣呑さが見え始める。
「どうしてって……」
弱った、とオベロンは内心冷や汗をかく。本当に自制が聞かないのだ。これ以上彼女に触れ続けたら、確実に最後まで致してしまう。流石に三人目はまずい。何してんだという医療スタッフと運営陣の冷ややかな視線を思い出して、身震いする。これ以上不名誉な二つ名を貰ってたまるか、と思うが、浮ついた頭では立香を説得する材料を何も思いつかず。やむを得ず、戦略的撤退を選んだ。
「もう、だめなものだめ。いいね? ――マシュを呼んでくるから、良い子で待っているんだよ」
何か言われる前にとオベロンは殆ど走るようにして部屋を飛び出した。そんな彼を表情無く立香は見つめて、
「小太郎、千代女」
はっと天井から二人の人影が現れる。
「捕まえて」「「御意」」

「ちょっと! なに考えているんだ!!!」
オベロンは蜘蛛の糸のようなネットに簀巻きにされ、マスターの部屋に戻された。それを実行した忍びは、妖精王の糾弾に顔色一つ変えない。
「御館様のご意向なれば」「御覚悟をお決めください、オベロン殿」
いやいやいや、何の覚悟だ。だらだらと実際に汗をかきながらオベロンは必死に拘束を抜け出そうとするが、うごうごと体が捩れるばかりで思うように力が入らない。
「ダヴィンチ殿特製の対サーヴァント用具にございますれば、容易には抜け出せませぬ」
「嬉しくない解説をどうもありがとう!このっ、ダヴィンチめ、余計なものをつくってくれるじゃないか」
オベロンは天才少女に悪態を吐いた。そうこうしている内にオベロンはベットの上に配置される。
「待って。本当に待って。君たち、彼女が何を望んでいるのか分かってる?」
はいと二人は頷く。嘘だろうとオベロンは絶望の眼差しで二人を見やる。彼らは言った。
「「お世継ぎお待ちしております」」
「ば、ばかーーーーー!」
どろんっと二人は煙と共に姿を消した。オベロンの虚しい叫びが終わった部屋の中で、きぃと扉が開く音がする。恐る恐るオベロンが視線を上げると、立香が部屋備え付けのシャワールームから現れた。柔らかなガウンに身を包み、しっとりとした髪を揺らしながらオベロンのすぐ傍、ベットの上に座った。
「立香、落ち着くんだ。冷静になろう」
立香はオベロンの必死の声には答えず、横向きに覆いかぶさるようにしてオベロンに身を寄せる。何時ぞやの配置と逆転したような格好にオベロンはますます青ざめた。
「あのね、オベロン」
「……なに」
「私ね、結構量があるタイプみたいでね。張っちゃって…。苦しいの」
「量? 張る? な、なにが?」
立香はそっとガウンの前を寛げた。
柔らかく形の良い豊満な乳房が、オベロンの眼前に晒される。
「………………」
真っ白なその肌に、知らずオベロンの喉が鳴った。

「ね、オベロン。……手伝ってくれる?」

どんどんぴーぴーぴーひゃらら。太鼓と笛の音が響き渡る。わっしょいわっしょいと神輿がカルデアを練り歩いていた。
その神輿の上で、オベロンは死んだ目をして座っていた。その横の垂れ幕には、大願成就!おめでとう妖精王!お世継ぎ万歳の文字が躍っている。道中、「性欲耐久RTA最速の男!」などと野次が飛ぶ。あまりの惨状にアルトリアが必死に神輿を止めて、オベロンを引きずり下ろした。
「オベロン! しっかりしてください、オベロン!」
「アルトリアか。……頼みがある」
「オベロン!」
「殺してくれ」
「オベローーーーーン!」
彼らの背後ではモルガンが張り切って設計書を作っている。彼女は言った。
すっごい城を作ります、と。