「では、これより新たな議会を始めます。開始にあたり、議長よりご挨拶です」
「おほん。新たに議長となりました、アルジュナです。今日この日より我々は新しい政治体制の元、この国と人々を導き、共に歩むことを――」
「良かったのか?」とハクノが野を行くギルガメッシュの背中に問いかけた。
「言いも悪いもないわ。我が何処に行こうとも我の自由よ。いい加減あの国も見飽きた。我が威光を他国にも知らしめる時よ! フハハハ!!」
高らかな笑い声が森の中に響いていく。その大声に驚いた鳥たちが一斉にバサバサと飛び立てば、数多の葉が彼の頭上に落ちてきた。不敬な!と再び声が響いた。
「相変わらずだね」
「全くだ」
エルキドゥの淡々とした言葉に、ハクノが呆れの混じったため息を零した。
「ハクノの方こそ良かったの? 白のお姫様だったのに、こんな旅に付き合うなんて。……君の体のことを考えると、自殺行為のように思うけれど」
「大丈夫だ。ギルとロマニのお陰で随分とこの体の調子も安定してきた」
むんと腕まくりをするハクノにエルキドゥは腰に手を当てて嘆息する。それは日常に支障がないというレベルの話であって、このように野を行くような行為には当て嵌まる訳がない。ましてや、国を一歩出れば、自分たちを商品か何かのように思っている連中があちらこちらに居るような世界だ。エルキドゥは黙ってハクノを見つめていたが、彼女が恥ずかしそうに笑ったので目を見開いた。
「私の意思だ。……私が彼の側に居たいんだ」
彼女は複雑な生い立ちのせいか表情が乏しい。けれど、今の彼女の笑みはまるで花の蕾が綻ぶようで。瑞々しく愛いとエルキドゥは思った。最近はこんな風によく笑うようになった。いつかこの蕾は大輪の花を咲かせるのだろう。その時、きっと傍らにはかの黄金があるはずだと彼は確信を持って彼女に笑い返す。(実は表情が乏しい云々は、エルキドゥも同じことなのだけれど、彼はまだ自分の変化に気付いていない)
「そうか。きっとギルも喜んでいるよ」
「そうかな」
「そうだよ」
フフフと二人は前を行く黄金の輝きを見ながら微笑んだ。彼らの頭上を一羽の鳥が空高く飛んでいく。彼らの旅路はきっとこの高い空のように自由に、そして何処までも続いていくのだろう。
「あーあ、全部計画がパアだ」
世の中って上手くいかないものだなぁと青年は高い空を見上げる。
「……僕だって、同じくらい好きだったんだけどな」
中点に輝く太陽を眺めながら零された本音を聞くものはいない。
いっそ自分も旅に出てしまおうかと自棄になる青年だが、数年後、彼の前に雪のように白い乙女が現れる。初めて出会った時から一途に彼を追い、しかし決して彼に何かを求めず、だただた真摯な想いを傾け続けた。後に、彼が弟に語ったところによると、慎ましやかに見せてその癖強情なところが立香に良く似ていた、とのこと。
何時か、遠くない未来に輝珠は途絶えると男が言った。それを見張り台の上で聞きながら、アタランテはその稲穂のような髪を風に躍らせた。
「きっとこの国は衰退するだろう。飢える者も出てくるかもしれない。諸外国から攻められ、多くの人が亡くなる日が来るかもしれない。僕は、僕たちは未来のこの国の人に、国を滅ぼした悪魔だと言われる日が来るのかもしれない」
遠く、旅立っていた三人を見送るロマニにアタランテはくだらんと一蹴した。
「それでもお前は後悔していないんだろう?」
うん、と彼は頷いた。
「他の国だって、輝珠が居なくても何十年、何百年と国を続けている。僕たちだってきっと出来る。それに、……妹の幸せを願うのが兄の勤めってね」
ハンと緑の彼女は鼻で笑う。
「そちらが本音の癖に、良く言う」
「やっぱりバレバレかー」
頬を掻きながら困った顔で笑う男を放って、アタランテは彼女は湖の方角を見やる。きらりと湖畔が煌めいたような気がした。
幼い日と同じようにヴォーティガーンと立香は湖のほとりに座っていた。昔と同じようにその手は深く繋がれている。違うのは、彼らの胸元の宝珠だけ。瑠璃色の宝珠と珊瑚色の宝珠を寄り添わせて、二人は明日のことを話している。
「ねえ、まだ夢みたい。……夢じゃないよね?」
「夢だと困る。もう一度、プロポーズする勇気なんて無い」
クスクスと笑う立香をオベロンが押し倒した。
「笑ったな?」
「待って! 謝るから! アハハハ!」
こちょこちょと脇腹を擽って、復讐するヴォーティガーンに立香は降参!と叫んだ。しかし、彼の手は止まらない。アハハハと悲鳴じみた笑いが湖の上を風と共に揺らしていく。
「もう無理! ほんと、もうだめ、……ァっ!」
笑い声の中に、艶やかな声が混じった。ヴォーティガーンが彼女の宝珠に唇で触れていた。
「んっ、ん、あ、……待って、まって、ティ。わたし、あっ!」
「待てない」
開かれていく白い肌を、高くなっていく嬌声を、大きな陽樹が、風に揺らめく水の音が、そっと世界から隠して。――変わらぬ愛を湖が見守っていた。
==了==