人理の為に、東奔西走。走れども走れども先は見えない我が道かな。本日もお疲れ様でした!というマシュの元気な送り言葉を背に、立香はマイルームに帰還した。駆動音の後、部屋を見渡せば、ライトが付いている。はて?出掛けしなには消したはずと首を傾げれば、「おつかれ~」という気の抜けた声が返ってくる。
「オベロン。また、私の部屋勝手に使ってる」
「減るものでも無し。いいじゃないか。ほら、忠実なきみのサーヴァントがベッドを暖めて置いたよ。確か、ニホンにそういう美談があったよね」
「豊臣秀吉ね。いいけどさぁ。……シャワー浴びてくる」
「ご勝手にどうぞ~」
ここは私の部屋なんですけど?と鼻に皺を寄せつつ、立香はバスルームに向かう。蛇口を捻れば、温かいお湯が飛び出してきた。あ゛~とおじさんのような声が出る。現代日本であれば当たり前のこのインフラも、一度特異点に出れば当たり前では無くなる。何日も身を清められ無いことの方が断然多い。女子の身としては憂鬱極まりないが、もう慣れてしまった。水の有り難さを実感していると、「いたた」と呻き声が漏れた。背中に鋭い痛み。ため息をつきながら、鏡に背を向けると、肩甲骨のやや下あたりに赤い線が走っている。どうやら戦闘中につけたらしい。今の今まで気づかなかったということは、それほど深い傷では無いのだろう。慎重に傷口を洗いながら、立香は名残惜しげにシャワールームを出た。ベッドにはオベロンが変わらず寛いだ姿勢で横になっている。端末を弄っているので何かのデータか資料を見ているのだろう。その寛ぎっぷりに思わず、立香の口から言葉が零れ落ちた。
「あれ、まだいた?」
「人を虫のように言ってくれるじゃ無いか」
「虫の王が何か言ってる」
「喧嘩売ってる?」
ジロリと胡乱げな視線になったオベロンに、思わずやんのかファイティングポーズの構えを取った立香だが、背中の痛みがぶり返して、あちちと前屈みになる。たいしたことは無いと思ったが、お湯に温められた所為か、皮膚の感覚が戻ってきたらしい。タンマとオベロンに片手を上げながら、薬品が入っている戸棚に向かう。
「傷薬、傷薬っと。あれ。どこに仕舞ったかな」
ガサゴソと棚を漁り、奥の方にアスクレピオスお手製の軟膏を発見した。よいしょと他の物品を押しのけて手に取る。どうやら最後の一本らしいので、後で医務室に行って何本か貰ってこなければと未開封の蓋を捻る。彼女は人類最後のマスターだが、医療品の消費においてもその内、日本一くらいにはなれそうだなと自嘲の笑みを浮かべた。
「よいしょっと。……あれ、どこだ。えーと、鏡」
「貸せ」
自分の背中の傷の為、位置が良く分からず四苦八苦していると薬を誰かに奪い取られた。当然この部屋にいた誰かなので、オベロンには違いないが、肩を押さえられたので声しか分からない。
「あ、ちょっとまっ」
「煩い、黙ってろ。って、……おい」
立香のタンクトップを捲ったのであろうオベロンから低い声が漏れた。心当たりのある立香はぎゅっと自分の腹の上にある布を強く握った。
「下着が見えないんだけど……。ねえ、きみって男の子だっけ?」
「……オンナノコです」
「だよねー! あははは! フンッ!」
「ぎゃー! 痛い、痛い! ソフトに、ソフトにお願いします! オベロンさん!」
傷口に思いっきり薬を塗りたくられ、斜めに走ったそれをきつめになぞられた立香は部屋中に響き渡る声で叫んだ。その悲鳴どこ吹く風とオベロンはきっちり薬を塗り終わらせて、上から応急テープを貼る。そして、スパンッ!とタンクトップを叩き下ろした。ヒイヒイと背中に手を伸ばす立香。それをせせら笑いながら、彼はのしのしとベッドに戻っていく。
「いたたた……」
「これに懲りたらシャツ一枚で人前に出るんじゃ無い」
「だって、ブラ付けたら傷口に当たりそうだったから」
「そ・れ・で・も。……言い訳するな。女の子だろ、何かあったらどうするんだ」
立香は振り返って、ベッドに座るオベロンを見た。彼は立香とは視線を合わせず、扉の方を見ている。まるで、扉の向こうの気配を探るような。何の為にそんなことをしているのかを想像し、立香はもう一度自分の服を強く掴んだ。
女の子の自分なんてとっくの昔にあの南極に置いてきてしまった。残ったのは、勇敢で凡庸な人間一匹。だというのに、オベロンはもはや皮膚と同化したマスターの衣装を無理矢理剥いで、立香を女の子にしてしまう。みな、立香の心が血を流すのを恐れて触れてこないのに。彼だけは、当たり前のように立香の皮膚を剥いで、血みどろの彼女を女の子だと言う。彼の白い衣装が深紅になることも厭わずに、彼女の心に触れる彼が、どうしようもなく――
(好き)
「うわ、気持ち悪ッ」
はっと立香は我に返る。ぼんやりとしていた視界の先でオベロンが口を押さえていた。どうやら失言したと彼自身思ったらしい。フワフワと浮いていた彼女の心は、重力に従って地面に転がった。
その気持ちの動きすら読めたのか、オベロンが嫌そうに眉に皺を寄せて立ち上がる。
「どうぞ、ご所望のベッドだ。シャワーを浴びたなら、ベッドをこれ以上暖める必要は無い。お疲れ、マスター。……良い夢を」
スタスタと歩いて扉を出て行った彼を立香は静かに見送る。扉が閉まり、部屋には誰もいなくなった。ポツリポツリと立香の足下に水滴が落ちた。首にかけたタオルを頭に被せて、水分を拭き取る。誰も見えない布の下で、彼女は囁いた。
「気持ち悪い、かぁ……」
翌日、立香は式部の管理する図書エリアの一角で書籍の返却処理を手伝っていた。
「マスター、申し訳ございません。このような雑用を……」
式部が戸棚の間から声をかけてくる。スレンダーなボディに見合わない豊満な胸を思わずじっと眺めながら、立香は手を振る。
「いいのいいの。昨日帰ってきたばっかりでさ。休養しててと言われたものの、部屋の中にいると結構人が来ちゃって。皆には悪いんだけど、こういう作業をやっている方が声かけられないから」
「承知いたしました。そいういうことであれば、どうぞごゆるりと。ここは静かですから、お気持ちも落ち着きましょう。……ご自愛下さいませ」
そう告げて彼女はふらりと戸棚の影に消えていく。
「……気持ちが落ち着かないの、バレバレかぁ」
それはそうかと立香は手持ちの本を見る。あの源氏物語を書いた人物ならば、人の感情の機微にも鋭くて当然だ。ましてや、色恋ならば。はぁーっと深く息をついて、額を目の前の棚にぶつける。コツンと小さな音が静かな空間に落ちた。
『気持ち悪い』
オベロンの声が頭の中で木霊する。
(今更、何を傷ついているんだろう)
彼の成り立ちを思えば、立香の恋心が歓迎されるはずも無い。ましてや、彼には輝ける星がある。妖精妃ティターニア。繊細で美しい夜の女神とも呼ばれる彼女の前であれば、彼の呪いも解ける奇跡があるかもしれない。それはとっても素晴らしいハッピーエンドで……。ちっぽけな人間、その上、体中傷だらけの小娘などお呼びではないのだ。
「いた」
背中の傷が鈍い痛みを訴えている。恐る恐ると手を患部に伸ばした。
(いっそ抉ってしまおうか)
そしたら、消えない傷になる。彼の指先がなぞったその跡を残す。なんて甘美な誘惑だろうか。ゴン――と先程より少し重めな音が響いた。額をもう一度戸棚の縁に押し当てながら、立香は呻いた。
「馬鹿なこと考えてないで、さっさと仕事しよ」
持っていた本のナンバーを確認して、戸棚の位置を探る。中段ではない。アルファベットの並びから、下段と推測してしゃがみ込んだ。
(あった――。ん?)
本を戻そうとした段の中、一冊の本のタイトルが立香の目にとまる。
「……」
二度三度息を吐いて、立香はその本を手に取った。
「『好きな人を嫌いになる方法』……。神様、これは何かの思し召しでしょうか?」
立香は床に座り込んで、天井を見上げる。実際、数多の神と対峙してきたので、彼らが人間のぼやきなど絶対聞いていないことは分かっているが。あまりのタイミングの良さに呟かずにはいられない立香だった。
▼偉大なる恐るべき可憐なる紫式部図書館 図書貸出票
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№ 貸出日 タイトル 借用者 返却日
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xx 9/20 好きな人を嫌いになる方法 藤丸立香 9/27
□■□
『そのいち、相手の嫌なところを見つけよう!』
「いや、嫌なところしか無いが?」
開幕早々に出落ちした。
(いやいやいや、何か、あるはず。真剣に考えれば、何かひとつぐらい良いところが)
立香は腕を組んで考える。出会い頭、放置された。仲間だと信頼していたのにだまし討ち。バーゲストに関しては双方含みがあるのでなんとも言えないが、最後の最後、奈落に落とされた。カルデアに来たら来たで嫌みのオンパレード。頼れる妖精王が聞いて呆れるほどの怠惰っぷり。
「……嫌なところしか無いが?」
これには著者もびっくりだろう。あばたもえくぼ。好きな人のことになると、人というのは美化しがちだが、これほど見事に嫌なやつもいなかろう。立香はベッドの上に胡座をかいて頭を捻る。ところで彼女は気づいているだろうか。これは好きな人の良いところを探すのではなく、嫌なところを探すミッションであることに。
「うーん。顔、顔は良い。うん。性能、これも文句なしどころかSSランク。最高に良し」
ハッと立香は瞳を開く。生まれてXX年目にして、ある事実に気が付いてしまったかもしれない。
「私って……面食いだったの!?」
「いや、無いなー。うん、それは無い」
「どうしたの、マスター」「何が無しか! たわけ! 有りよりの有りしかないわっ!!」
確かに、と立香は深々と頭を下げてバビロニアコンビニに手土産のマンゴープリンを献上した。この程度で我の機嫌が取れると、……なんと良い色では無いか。この黄金の我に相応しいスイーツよ。ふふん、良かろう! 我の舌に載せる僥倖を許す!というBGMを聞きながら、立香は改めて、黄金よりも輝く美貌の二人を見た。神より完璧な造形を得た二人を前にして、立香はうんと頷いた。この上なく美しいが、それだけだ。ドキドキはしない。別の意味でドキドキさせられることはあるが。主に恐怖方面。
(良かった……、私は面食いじゃ無かった!)
即効で己の考えを翻した立香だったが、残念。彼女は最初から方向性を間違えている。二人の茶会を辞しマイルームに戻ったところで床に両手をついて絶望した。――何も解決していないことに気づいたので。
トボトボと歩きながら、ベッドサイドまで行くと小さな紙袋がシーツの上に置かれているのを見つける。クラフト紙のようで中身は見えない。
「何これ? ダヴィンチちゃん案件? いやぁ、でも、センサーには何も引っかかっていないし」
カルデアで最も警戒が高いのは船体の|心臓部《エンジン》やトリスメギストスなどの主要機械ルームであるが、このチームの最重要人物であるマスタールームも高性能な呪力サーチが敷かれている。それを掻い潜ったとなれば、それはもう|イベント《必然》である。是非も無いよね!と言うわけで、ゆっくりと立香はその袋を開封した。
――絶句。白い布地にピンクと紫のリボンが愛らしく波線を打ち、サイドベルトに花柄のレースが遇われたそのものの名は、ブラジャー。別名アップリフトとも呼ばれ、文字通り、女性の乳房をサポートするものだ。
「…………」
無言で紙袋を逆さまにすれば、お揃いのデザインのショーツとともに紙切れが落ちてきた。紙切れことメッセージカードにはこう書かれている。
『妖精王からのプレゼントです。身だしなみに気を遣うように。レディの嗜みだぞ☆』
立香は紙袋をぐしゃぐしゃと渾身の力で丸めた。ボール状になったそれをゴミ箱に全力で投げ入れた。
「ふんぬっ!」
シュートイン!ゴオオオオルゥ!!!見事なキラーシュート!
そして、絶叫。
「何処の世界に身内でも彼女でも無い女に下着とかセクハラ紛いなプレゼントをする妖精王がおるかーーー!!!」
□■□
『そのに、相手に嫌われるような言動をしよう!』
再びの出落ち。
(こちとら既に嫌われまくってんすよーーー! 作者ことQ.Kさん!)
この本だめかもしれん、と立香はそっと本を閉じた。そして、横に置いてある白い物体を胡乱げに見下ろす。妖精王オベロンに贈られたブラジャーである。字にすると尚のこと酷い。紙袋同様にゴミ箱にシュートインしようとしたが、触ってみればあら不思議。非常に滑らかな手触り。高級品であると直感した。恐らく出所はあの鶴。(くっ、余計なことを。しかし、相変わらず良い仕事しよる)と立香は歯ぎしりをした。そして、もう一度その下着を広げてみる。質良し、デザイン良し。捨てるにはあまりにも惜しい出来映え。
「モノに罪はないし。着てみるだけなら、……タダだし」
誰に言うでも無く一人言い訳をしながら、立香はいそいそと下着を片手に鏡に移動する。ささっと戦闘服を脱ぎ、色気0機能性Maxな黒い無地の下着を脱ぎ捨てた。久方ぶりに黒い以外の下着を身につけた自身を眺めて。
「お、お、お~……いいんじゃない!?」
調子に乗って、ポーズを取ってみる。鍛えに鍛え抜かれた体はやや筋肉質で、グラビア雑誌を飾るような女性達のようなまろやかさはないものの、出るとこは出ているメリハリのあるボディに可愛らしいデザインの下着が健康的なエロスを醸し出していた。
「えへへ、流石に皆ほどじゃないけど、さ。そこそこ? ぎりぎりセーフなのでは?」
たまにはこういうのも許されるのではと両手に頬を当てて、笑みを浮かべた立香の側から黒い影が生えた。
「本当に着たの? 冗談だったんだけど。うーん、きみ、白似合わないね」
「ぎゃあああああ!」
バチーンッ!という盛大な破裂音が妖精王の頬に炸裂した。
「ひっっどいな! 見ろよ、これ! 真っ赤になっているじゃ無いか!」
「うるさい、うるさい、うるさーい! 酷いのはどっちよ!?」
ベッドの上でシーツに包まりながら、立香は半泣きでオベロンを睨み付けた。その美しい顔には真っ赤な紅葉。はて、季節は秋だっただろうか。雅かな。そして、紅葉を咲かせる、本来であれば雅な妖精王は顔をしわくちゃにしながら、立香に言い返す。
「そもそもこの部屋ロックが掛かってなかったよ。この間といい、きみの危機管理能力はどうなっているんだい?」
「うっ、それはそうかも――いや、待て。私の部屋はオートロックなはず! あぶな! 騙されるところだった……!」
ニヤニヤとオベロンが笑いながらベッドサイドに近づいてくる。
「そうそう。簡単に他人の言うことを信じるモノじゃ無いのさ。例え、……仲間でもね。でないと、また騙されても文句は言えないよ。マスター?」
立香は彼から距離を取ろうと後ずさるが、直ぐにその背は壁に阻まれた。キッと立香がオベロンを睨み上げる。
「出てってよ!」
「そう言われて、出て行くやつのほうが少ないだろ」
ギシリとベッドが鳴らしながら、彼の膝がベッドに乗り上げた。それを見咎めて、立香がもう一度叫ぼうとしたが、オベロンの冴え冴えとする冷たい表情に言葉を詰まらせた。
「きみさ。どうして俺からの贈り物を受け取ったわけ? この場合、捨てるのが最善だろ。俺が何かそれに仕込んでたらどうするつもりだった?」
立香を見下ろしてくるオベロンに何も言い返せず、立香は俯いた。センサーに引っかからなかったからなんて言葉は彼には通用しない。何事も完全なモノなどないのだ。ましてや、彼女は誰よりも慎重に行動しなければならない身の上。一時の気の迷いを諌言され、立香はただ唇を噛みしめた。
「どうしてこんなやつに俺は負けたんだろうねぇ? 目的達成からの気の緩みってやつかな。慢心は良くないね」
オベロンはつまらなそうにシーツの端を引っ張り弄ぶ。自分が嬲られていると立香は理解した。ワナワナと身が震え、かあっと頭に血が上った。悔しさが臨界する。
バサリ――、とシーツが大きくひらめいてオベロンの視界を遮った。
「うわ……っぷ。……な、にしてるの」
彼の口から出た非難の言葉は、動揺に揺れる。先程までと逆転し、ベッドの上に仁王立ちした立香がオベロンを見下ろす。シーツは取り払われ、白い下着姿が無防備にオベロンの前に晒されている。恥じらいも無く、いや、頬が赤いので、恥じらいは消せないまま、それでも彼女はオベロンの前に毅然と立った。
「実に為になるご助言を有り難う! ……。いけない? 私が、こういうの来て舞い上がってたらいけない? に、にわなくて、わる、かったわ、ねっ!」
ポロポロと立香の黄金の瞳から涙が零れて、シーツに染みの斑点を作っていく。涙でぶれぶれの立香の視界に呆然と自分を見上げるオベロンが映る。その居たたまれなさにとうとう立香は顔を覆い、ぺたりと座り込んだ。
「も、もう着ない。着ないから、ひっ、はやく、でてってよ……ぐす。出てかないなら、目の前で下着、脱いでやる。見たくも無い女の裸を見る前に! はやく!! でてって!」
自分の嗚咽が耳障りだと立香は体をうつ伏せた。とても人に見せられない醜い体を好きな人に晒した。悲しさと悔しさと、ごちゃ混ぜの感情。そんな彼女の頭の上から、特大のため息が落ちてくる。それがまた立香の涙腺を刺激し、ぶわりと涙が盛り上がってもはや洪水になりそうな勢い。ふわりと何か軽いモノが立香の体を、頭ごとすっぽりと覆い尽くした。白い壁の向こうでオベロンの言葉が聞こえてくる。
「ほんと、大っ嫌いだ」
(また、嫌われた――)
□■□
真っ赤に充血した瞳。膨れ上がった瞼。頬に残る涙の跡。
「最悪」
鏡に映った自分の顔の酷さに立香は呻く。顔全体がパンパンに浮腫んでいる。うごうごと芋虫のような動きで立香はテーブルの通信機を取った。ぽちぽちとダヴィンチちゃん専用ナンバーにコールする。
『おはよう、立香ちゃん。どうかしたかい?』
「おはよう、ダヴィンチちゃん。あのね、自己管理が出来て無くて、本当に申し訳ないんだけど。一昨日の戦闘で付いた背中の傷がまだ痛むんだ。集中力に欠けると事故の元だから、今日の午前中お休みしてもいいかな。……ごめんなさい」
……通信機の向こうでため息が聞こえた。昨日のオベロンのため息と重なって、じわりと立香の瞳に涙が浮かぶ。痛む瞼を閉じて、彼女は俯いた。
『謝ることなんて何も無いよ』
開いた瞼から、ぽとりと涙が転がり落ちる。
『むしろきみは無茶しがちだから。こうして休むことを選んでくれて、私は嬉しいんだ。ようやくか、ってね! ……何が理由だったとしてもね。マシュ達には私から言っておこう。お見舞いもNGにしておくから。ゆっくり休んで。――心が落ち着いたら教えてくれたまえ』
そういってあっさりと切れた通信機に立香は額を押しつけた。
(なにを、やってるんだろう――私。ごめんね、ダヴィンチちゃん。それから、……ありがとう)
がばりと顔を上げた立香は、ドア付近の操作端末に走り寄る。ぴっぴっと画面を進め、入場許可リストを開いた。画面をスクロールして、オベロンの文字をタッチする。白からグレーに。今この時より、彼はマスタールームの入場許可を失効。マイルーム当番からも除外される。
(これでよし)
白いシーツをはね除けて、ぺたぺたと床を素足で歩く。シャワールームの扉を開ければ、立ち見の鏡があり、立香の全身を映した。白い下着は酷い有様だった。リボンは解け、レースはあちらこちらに折り目が付いてしまっている。泣き腫らした少女の顔に不釣り合いな白さ。何もかもが昨日とはちぐはぐに、浮いて見えた。
「はは、本当だ。全然似合ってない」
剥ぎ取るように下着を取り払って、背中の応急テープを剥がす。鏡越しに背中を検めれば、傷口は塞がり、ピンク色の肉が盛り上がっていた。素晴らしい、いや、凄まじい医療技術。現代社会に生きる立香ですら、異様に感じる治療スピード。もう一日も経てば、この傷跡は何も残さずに消えるのだろう。どうせなら、この気持ちごと消えてくれれば良いものを、と憎々しげに立香はその跡を細指で辿る。けれど、思い起こすのは醜い肉に対する嫌悪では無く、彼の指の感触で――。
パンッと頬に気合の張り手。頬を赤く染めた自身の写し身に立香は笑って見せた。
「しっかりしろ、藤丸立香! マシュに情けないところ見せるな! ……私は、マスターなんだから」
戦闘終了《Battle Finish》――。機械音と共に部屋の明かりが落ち、再度、照明。見回せば、先程までの森林は立ち消えて白一面の壁へと変わる。
「今日の先輩は、気合が入ってますね!」
シミュレーターによる訓練戦闘後、マシュがやや興奮気味に立香に話しかける。
「ええ、キレのある良い指示でしたわ」
青いドレスに身を包み、そのセットどうなっている?と問い質したい黄金のツインテール。神霊アストライアが微笑みながら、立香を褒める。二人の少女に褒められて、立香は頬をかいた。
「いや~、ちょっと最近たるんでいたような、そうでもないような。まあ、志新たにってやつです」
嬉しそうに、私も負けないように頑張りますと勢い込むマシュ。その隣でアストライアが年長者らしくバトルの総評と心構えを説く。
「その意気や良し、ですわ。パーフェクトとはまだまだ言えませんが、強き意志を感じました。この調子で精進なさいませ」
はい!とマシュとマスターは声を揃えて、一礼する。ホホホと手元を隠しながら、審判の女神様は優雅にお笑いになり、「それではお先に失礼」とこれまた優美な足捌きで訓練室を後にする。その後ろ姿を見送って、立香はマシュに話しかけた。
「ご飯行こっか。生姜焼きあるかな~」
「本日の厨房メニューの担当はエミヤさんだったので、可能性は多いにあるかと!」
「マシュも生姜焼き、好き?」
「はい、大好きです!」
「……」
紫の少女の眩い笑顔と言葉に、立香は少しだけ瞳を眇めた。容姿のみならず、魂すらも美しい後輩。あのベリルガットすらこの無垢なる命に恋い焦がれた。きっと、かの王の王妃もこのように美しいのだろうと立香は夢想する。
「先輩?」
訝しげなマシュの声に、なんでもないよと立香は緩く首を振る。
「お腹がすいて力が出ないみたい。……食堂まで競争~!」
GOGOGO!とスタートダッシュをした立香の後ろからマシュの待って下さーい!フライング、それはフライングです、先輩という声が追いかけてくる。アハハハ!と笑い声を上げながら、立香はシミュレータールームの扉を駆け抜けていった。
白紙化された世界において昼夜なんてものは存在するのかと言えば、はて?と首を傾げざるを得ないが、起床後の活動時間から鑑みて、深夜と言って差し支えない時分に立香は戦闘レポートを仕上げていた。カタカタとキーボードを叩く音。初めの頃はブライドタッチすら出来なかった。今では、企業戦士として十分にやっていけるほど使い慣れた様子。ふうと息が吐かれ、指が静止する。キリの良いところまで進められたらしく、んー!と腕をやや後方に伸ばして――脱力。ポキリポキリ。肩と首の骨が随分と小気味よく鳴った。立香はすっかり冷めたコーヒーを手に取って、ずずずっと行儀悪く残りを啜る。コトンとカップを置いたところ、どさりと何かが落ちた音が――。
「あれ? なんか落とした?」
キィと椅子を引いて、テーブルの横を見る。――本が落ちていた。その見覚えのある色に、立香は一瞬身を凍らせた。本を凝視したまま暫しの逡巡。ひとつ瞬きをして、おもむろに彼女は立ち上がった。手を伸ばし、拾い上げたそれを優しく手の甲で撫でる。完璧に清掃された室内で汚れは付かないであろうが、人から借り受けた物だ。粗雑に扱うなど言語道断。それでなくとも本という資源は丁重に扱わねばならない。表紙と裏表紙を確認。大きな汚れや傷はないようで、ほっと安堵の息をつく。何かある前に返してしまった方がいいか、とその背表紙を見つめながら立香は明日のスケジュールを考える。
「……うん、夕方には空き時間作れる」
立香は椅子を引いてもう一度そこに身を納めた。そのまま、くるりくるりと椅子を回転し、一周したところでそっとテーブルの上にその本を置いた。黄金の瞳がじっと本を見下ろす。ピッと時計の電子音が響いた。また秒針が進んだらしい。両肘から肩肘に。迷うような動作の後、ぱらりと本を捲る音。ぱらぱらと少ないページを速読していく。
「『そのよん、好きな人と会わないようにしよう』『そのご、仕事(女神の教え)や学業(薬術)に専念しよう』……」
図らずも本の指南通りになった現状に立香は沈黙する。これまでと違い、これらには一定の効果があった。会わなければ、相手を煩わせることも無い。作業に集中していれば、雑念は入らない。
「とはいえ、如何せんあの王様、性能がピカイチなんだよな~」
今日はたまたま顔を合わせずに済んだだけだ。難しい局面になればなるほど、かの妖精王の助力無くして事は立ちゆかない。一時しのぎでしか無いとがっくりと肩を落とした。
「何か、ヒントないですか~、……何々? 『そのろく、思い出になっているものを捨てよう』?」
パラパラと捲った先のその文字を立香はなぞる。――思い出。彼との間に思い出と名の付くモノはひとつだけ。
□■□
シュンという音と共に暗い室内に光が灯る。アルトリア・アヴァロンは無遠慮に室内に足を進めた。ベッドの上の小山に話しかける。
「珍しいですね。貴方が自室にいるとは」
小山――は、もぞりと動き、マントの下から暗闇の王子が顔を出した。
「眩しいんだけど」
「はいはい。貴方がこのスケジュール表にチェックをしてくれたら直ぐに退出しますとも」
オベロンは眉間と鼻に皺を寄せて、しぶしぶと指を一本差し出した。ちょん、と端末の画面をタッチする。彼の名前の横にチェックマークがついた。
「面倒だなぁ」
「仕方無いんですよ。度々、スケジュールを失念する方がいて、当日の編成に影響がでたそうで」
「あれだろ、前日にしこたま飲み明かして翌日ゲロって動けなかったってやつ」
そうらしいです、と金の稲穂の髪の少女は頷いた。ケッ、早く滅びろ人類とオベロンは悪態をついて再びマントの下に潜り込む。不動の小山を見ながら、ところで、とアルトリアが爆弾を投げつけた。
「立香を泣かせましたね?」
「……」
「沈黙は肯定と見なします」
「……言うべき事を言っただけだ。あいつが勝手に泣いたんだ」
「『泣いてしまうなら、放り出してしまえばいいのに』……ですか」
両手を腰に当てて、アルトリアはやるせないとため息をはく。立香が辛さから自分の役目が放棄できるような人間であったなら、彼も彼女もここにはいないだろう。
「私も立香とお揃いの下着、作って貰おうかな~。青系のやつ」
はあ?とオベロンが再び顔を上げると、幼いアルトリアが椅子に座っていた。
(こいつ、居座る気か――?)
直ぐ出て行くとか言っていた癖に、とオベロンが視線で訴えるが、彼女は意に介さない。
「白は、オベロンチョイスだから。私はやっぱり青かなって」
「いや、別に。意味があって選んだわけじゃないし。そもそも、嫌がらせだし」
「何言ってるの。貴方にとって、白は特別な色でしょ?」
「……」
再びの沈黙。今、何を言っても墓穴しか掘らない気がする、と賢い彼は口を閉じた。しかし、その選択は誤りだった。高速詠唱の勢いでぺらぺらとアルトリアがオベロンの心にも無いことをしゃべり出す。
「下着か~。思いつかなかったな。知った時はなんて変態ヤロウって思ったけど、なかなか良い着眼点だよね。立香、お洒落とか全然しないし。あ。え、偉そうに言ってるけど、……私もそういうの疎いからアドバイスできるような感じでも無いんだけどさ。人から見えないお洒落っていうんでしょ? ノク、じゃなかったメイヴちゃんが言ってたよ。女の勝負着だって」
いい加減にしろとオベロンが言うが、アルトリアは自分の世界に入ったのか、彼の言葉を完全スルー。そして、――頬を染め、うっとりと呟いた。
「あと、ぞくぞくするよね。自分が選んだ物が直接立香の肌に触れてるって考えると」
「うわ、変態」
「……オベロン。自分のこと、変態っていうのどうかと思う」
流石に自虐が過ぎるんじゃ無いかな、と哀れみの笑みを浮かべた彼女に、オベロンは無言で枕をぶん投げた。
しゅるり。浅黄色の包みを解けば、貝のように虹色の光沢を放つ白い箱が現れた。彼が、唯一自分にくれた贈り物。中に入った塵はそのままに。貰った時のまま、それは棚の奥に仕舞われていた。
(元々は見えるところに置いてたんだけど。オベロンが煩いから奥に仕舞ったんだよね)
机の上にあったそれを見つける度にオベロンの眉間に皺が寄り、口から散弾銃の如く嫌みが降ってくるので、渋々見えない位置に置いたのだった。
「見えなければ、思い煩うことも無い」
もっと言えば、彼自身が時折口にするように座に返すという選択肢もある。そうすれば、万事解決。彼も自分も悩むことは無くなる。――けれど、戦力低下を言い訳に、それだけはと心が拒絶していた。
箱を手に取り、どうしたものか、と立香は考え込む。捨てるべきだろうか。……でも、捨てたくない。
(未練――だなぁ)
と立香は独り言ちる。先程、見えなければと言ったが、嘘だ。今もこうして思い悩んでいる。テーブルの上に顔を伏せ、瞳を閉じれば、瞼の裏に彼の姿が映る。さらさらと絹のような髪。シャープな顔のライン。ツンと上向いた鼻筋。暗いけれど綺麗なブルーの瞳。
『立香』
冷たいテノール。立香の瞳に水の帳がせり上がってくる。彼に好きになって貰うことなんて天地がひっくり返ってもありえないと分かっている。だから、せめて、彼を好きでいることを許されたかった。言っても詮無いことだが、彼の妖精眼さえ無ければ隠し通せたのに。見せたくないのに見せてしまう。彼も、見たくもないものを見てしまう。誰も幸せにならない。
スンと鼻を鳴らしながら、ぐしぐしと袖で目元を拭う。テーブルのブックスタンドに立てかけた本を手に取った。
(これ、返さないと)
最後に、とぱらぱらと巻末のほうのページを確認した。
『ここまで読んでくれてありがとう。最後まで読んだってことは、きみは今も好きな人を嫌いになれていないんだね。そんなきみに最後のアドバイスだ。まず最初に――、その気持ちをどうか受け入れて欲しい』
立香の指が止まる。捲ろうとした手を止めて、きちんと文字を追った。
『自分の気持ちから目をそらしちゃいけない。自分の心から逃げ続けても、どんどん気持ちが膨らんでいく。心当たりはあるかな? 辛いけど、自分の気持ちに向き合おう。そうさ、きみは彼/彼女のことが好きなんだ。どうしようも無いほどに』
瞬きをする度に涙が込み上げてくる。ああ、神様。あの人が、どうしようもなく、――。
「好き」
『ちゃんと自分の気持ちに向き合えたかな? そしたら、最後の仕上げだ!
素敵な恋をしよう。彼を、彼女を忘れてしまうほど、素敵な恋を。
迷えるピグレット。どうか、きみに素敵な出会いがありますように。
この私にもあったんだ。――きみにも、きっとあるさ』
彼女は立ち上がる。本と箱を手に、部屋の扉を飛び出した。
「ねえ、ピグレット。今、良い話で終わったよね? ……いい話で終わったのに、どうしてそういうことになるんだい?」
ピンクの髪の魔女は、額に手を当てて天を仰いでいる。隣で魔女のメディが頭が痛いとこめかみを押さえた。
「私が言えた立場じゃないけれど、貴方、本当に男の趣味が悪いわ」
非常に実感の籠もったその言葉に、立香は苦笑いだけ返した。
「その上、対応策が斜め上過ぎるわ」
「本当だよ! しかも、よりにもよって、それを私に依頼するの!? どいういう神経してる? 神代の魔女もびっくりだぞ!」
ダン!とテーブルの上に拳を下ろした魔女キルケー。惚れっぽくて嫉妬深い、永遠の乙女。気に入った人間の男を島に囲い、飽きれば豚に変えたという。しかし、彼女にも忘れられない恋があった。長い、長い間、彼女の身の内で燻っていた残り火を消す手伝いをしたことはそんなに遠い昔の話では無い。故に、彼女へのこの依頼は非情にも程があった。
「呪いをかけてくれだって?」
「そう。惚れ薬でもなんでもいいの。他の人を好きになれるように」
無理かな?と愛するマスターが切なげに瞳を伏せるので、キルケーはがっくりと肩を落とす。
「酷い子だ。傷ついたぞ。私の愛する|愛豚《ピグレット》」
「ごめん……」
見かねたメディが口を挟んだ。
「待つことは出来ないのね」
「うん……。私にはその時間が無い」
あんまりだ。とキルケーは内心で呟いた。妹弟子のメディアの人生も酷い物であったが、それでも魔女だ。その痛みすら変換して、大魔術師として大成する為の養分に出来る。でも、このちっぽけな人間は、なんの力も持たない、持つ必要の無い子供だった。常に、命を天秤にかけている。命だけでは無い。魂も運命も全部乗せだ。その上で、乙女の夢すら奪うのか。どこぞの妖精王ではないが、放り出してしまえばと考えてしまう。……けれど、信じる人間に幸運を授ける女神ヘカテの使徒として、迷える愛豚に道を示さねばならない。
「……分かったよ。それで、その相手方の算段は付いているのかい?」
「一応……。これからそちらにも相談しにいくつもり」
「本人に言う気なの?」
メディが些か難色を示した。このカルデアにおいて、マスターに心寄せられた喜ばぬものなどいない。いや、いることはいるだろうが。相手はよくよく選ばなければ、ワルプルギスの夜さながらの大騒ぎが起きるだろう。
「あー。その、一応、私も結構影響あると思っているので。なので、相手も選んでおきたいし、事情を把握しておいて貰いたいな、と」
一理ある、とキルケーとメディアは頷いた。
「それで、その相手というのは誰なんだい?」
マスターが部屋を出て行った直後。メディアは呆れきった顔をして無謀というか豪胆というかと呻いた。
「んー、まぁ、ナシでは無いと思う。チョイスは悪くないような」
「おすすめしないわ」
まあね、とキルケーは苦虫を噛み潰したような顔でハーブティーを啜った。
「ところで、これ……どうするの」
戸惑うメディアの声に、キルケーは床に落ちてしまったキュケオーンを想起するような表情で呻いた。二人の前に鎮座するのは、ただならぬオーラを纏った白い箱。妖精王からマスターへの贈り物、だ。このカルデア、やべーやつはやばい。VDのお返しも、自分自身のチョコだったり、自分の体の一部である鎧のアクセだったり、はたまた仇敵を討った矢だったり、謎の神話生物だったり。下手な特異点より混乱の坩堝と化しているのが、マスターのクローゼットだ。それを総合しても、TOP3に入るやばいブツが目の前にある。気のせいでは無い、とんでもない呪いの圧が部屋の中に充満している。
「さ、触りたくない」
メディアも頷いた。しかし、我らが愛する愛豚がどうやって処理したらいいのか分からない。安全に出来ないかと相談を受けてしまった。そっと、箱の周りに結界を張り巡らせて、封印の小箱にしまい込む。マスターの国の作法に倣い、二人は合掌した。
「その内、本人に返すから大人しくしていてくれ。お願いだから」
パンパン。柏手が神代の魔女の部屋に響く。――不満そうに、箱がガタリと動いた。
□■□
「本気か? ……ああ、本気なんだな」
呼び出されたマスタールーム。その男は、とんでもないマスターのお願いに目を見開いた。キャスター/クー・フーリン。ケルト大英雄、アルスター伝説の戦士……のルーン魔術の使い手として権限した存在。本来は槍による攻撃先陣型だが、インテリ役としてのご登場。カルデアの初期から立香とマシュを支えてきた頼れるお兄さん枠のひとりだ。
「気乗りはしねぇな。……勘違いするなよ? お前さんに魅力がねえって訳じゃあ無い。むしろ、他の連中の反応を考えただけで寒気がするね、正直」
そう言って、彼は来客用の椅子に腰をかける。吸ってもいいか?と煙管を取り出した。大丈夫、とマスターが笑顔で答えるので、彼は、じゃ、遠慮無くと紫煙を燻らせる。ふーっと大きく彼が息を吐くと煙が質量を持った雲のように部屋に充満する。喫煙しない立香が煙たくならないのは何か魔術が仕込まれているのだろうかと考察に耽る立香を余所に、歯切れ悪く、クー・フーリンは言葉を吐き出した。
「まあ、なんだ。俺はケルトの男だ。お前がその気持ちを俺に向けるってなら、覚悟がいるぞ」
キョトンと立香がクー・フーリンを見つめ返した。意図が伝わっていない様子の彼女に、ガシガシとフードの中の髪を書きながら、あ゛ー、と彼が呻く。
「それなりに想っている相手に感情を向けられたなら、俺は拒まねぇってことさ。まだ要領を得ねえか? ……抱くっつてんだよ」
「え゛!?」
がたりと立香の椅子が揺れた。
「想定外か? 甘いねぇ、マスター。俺たち、ケルトの男連中が据え膳をみすみす見逃すわけねーだろ。猛犬よろしく、最後のひとかけらまで食らい尽くしてこそ――だ」
獲物を見るような視線を注がれて、立香は身じろぎをした。他の英霊に比べても精神が成熟した大人で、初期から自分を見守ってくれた保護者のような彼ならば、立香の恋心なぞ小娘の戯れといなしてくれると思ったのだが、どうにも読みが浅かったようだ。
(そうだった。この人、あのフェルグスの甥だった――!)
顔色を変えたマスターに、クー・フーリンはにやりと笑う。
「そういう訳だ。俺に抱かれる覚悟が出来たなら、もう一度呼びな。そん時は、四の五の言わず、お前さんをかっさらってやるよ」
最後に大きく紫煙を吐き出して彼は立ち上がる。ぐしゃりと立香の頭を撫でた。
「いくらでも待っててやるから。後悔しないように、しっかり覚悟決めて来い」
「……うん」
子供にするようなその仕草に、もぉやめてと立香が喜色の声を上げると、彼は彼女の緋色の髪一筋を持ち上げて、その毛先に口付けた。
「ヒエ」
立香の口から魂が飛び出そうになった。
「良い女になった。お前もマシュの嬢ちゃんも。……もっとイイ女にしてやるから、覚悟しとけよ?」
(ケルトーーーーーー!)
真っ赤になって口を閉じることを忘れた立香を笑い飛ばしながら、クー・フーリンは手を振って退出する。
マスタールームを出た先。背後の扉がしっかり閉じていることを確認して、賢者は誰もいない廊下に話しかけた。
「……聞こえてんだろ。言っとくが、ブラフじゃねえぞ。頭のてっぺんから足先まで全部、俺のものにするぜ。そんでもって、誰にも触れさせねぇ。……俺のもんだからな。それが嫌なら、いい加減、お前も腹くくれ。何時までも分からねぇフリしてんじゃねえよ」
じゃあな、と北欧の大神の知恵を身に宿す彼はゆっくりと廊下の向こう側に消えていく。――扉の前、白い煙が黒い塵の影を浮き出していた。
マスタールームにて。立香はベッドに寝転び、天井を見上げていた。
『覚悟しとけよ?』
「ひええええ!」
セクシーお兄さんの色気ましましボイスを思い出して、ジタバタと体を右に左にと打ち付ける。ついでに足ももだもだとバタ足。
分かっていたが、イケメン。あのケルトマン、男前が過ぎる。サスニキ。
「メイヴちゃんが拘るのよく分かったよ……。……あー、でも、どうしよう」
多分素敵な恋になる。それも、燃えるような……。恋愛初心者なの良く分からないが、多分そんな感じ。と立香は心の中で危機感を持った。
(どうしよう。だ、抱く――だって。ひええええええ!)
ジタバタタイム再び。ばすばすと枕を叩いた。埃がベッドの上に舞う。抱かれてしまったらトンデモナイことになる。その予感だけはバッチリ感じだ。大人の階段を上ってしまうのか、藤丸立香。妄想――失礼、想像してみた。
長い指が立香の頬を撫でる。優しく顔を上げさせられて、そのブルーの瞳が……。
「いや、いやいやいや」
訂正訂正。――その赤い瞳が立香の唇を捉えて、囁いた。
『立香』
「………………」
違う。想像した重みのある声では無く。どこか投げやりで、つまらなさそうな。
見上げた天井がぼやけた。
「好きだなぁ……」
薄紫の液体が入った小瓶。どんな成分なのかはさっぱり分からないが、キラキラとした粒子が入ったそれを立香は手に取った。
「よし!」
気合の入った声とともに、椅子から立ち上がる。
「どこへ行くのかな、お嬢さん」
誰もいない部屋。背後からかけられた言葉に立香の動揺は無かった。ゆっくりと後ろを振り返る。
「あれ。驚かないんだ?」
入場禁止にしたはずのオベロンがつまらなそうに肩を竦めていた。
「……なんとなく。来そうな気がしたから」
失敗した悪戯にチッと彼は舌打ちをして、何時になく言葉を急かした。
「まあいいや。それなら、俺の用件も分かってるんだろ。話が早くて助かるよ」
立香の表情は静かだった。真剣にオベロンの言葉に耳を傾けている。
(……気に食わない)
その顔には見覚えがある。旅の途中で何度も目にした――覚悟を決めた時の立香だ。表情を崩さない彼女にオベロンは嫌悪感を露わにして言い放った。
「何なんだ? きみのその自己犠牲。自分の為にって言うんだったら、まだ分かる。でも、これは違う。きみのその行動は俺の為だ」
「俺の為にきみの心を捨てるな。……気持ち悪いんだよ」
いつぞやと反対に、立香を睨み付けるオベロンに、彼女は、あのね、と柔らかく言葉を紡いだ。
「あのね、オベロン。私、……貴方のことが好き」
とっくに知られてると思うけど、と彼女は笑う。ほろ苦い笑み。
「貴方のことを嫌いになろうとしたけど、結局、この気持ちは変えられなかった」
「もう何が正しいのかも分からなくて。自分がもう普通の人間じゃないってことも分かってて。でも、きみが好きだなぁって想う私は、凄く普通で。心の中でほっとしてた。ああ、私、まだ普通なところあったんだって。貴方が居てくれたら、きっとこの先も頑張っていける」
知っている。そんなことは最初から分かっている。オベロンの手に力が入った。
普通なんてもう分からない。どこにもいけないきみ。心はもうずっと前に限界を迎えて、運命力だってすり減らして、それでも血濡れられた道を走るきみ。
「でも、」
「嫌いって言われるの、しんどいなぁ」
嫌われる理由も意味も分かっているけど、と立香は視線を下げた。
「しんどいけど、……贅沢な悩みだね。普通の女の子だったら、悩んでいられた。きみを想って何日も泣いて、泣いて、涙が涸れ果てたら、新しい恋をしようと思えたかも」
でも、私はマスターだから。伏せていた顔を上げて、そう告げる彼女。その顔から藤丸立香という少女は消えていく。妖精眼。全ての真実をつまびらかにする、それですら。透明になっていく彼女の心の内を見通せない。
「だから、……キルケーにお願いしたの。そしたら、制約がいるって。心を変える魔術は凄く難しいんだって。だから、制約をつけて効果を底上げするみたい」
「――制約って、なに」
貴方を好きでいること。あっけらかんと立香は言った。
「私がオベロンを好きなままで居続ければ、この呪いが解けることは無い」
「矛盾だ。酷い矛盾だそれは。他の男を愛する癖に、どうやって俺を好きでいられるんだよ」
「変換の魔術……だったかな? 貴方を好きな気持ちを他の人への気持ちに変換させることが出来るんだって」
「……」
何時だって、星には手が届かない。何度夜空を見上げても、彼の輝ける星は見つからなかった。でも、ある時、駒が落ちてきた。都合の良い駒。使い捨てるつもりだったそれがいつの間にか自分の手の中で小さな光になった。星では無いけれど、その光は温かった。その光が、遠ざかっていく――。
(そんなことは許さない)
「!? や、やめて! 放して!」
オベロンは立香を抱え上げた。突然の強行に、流石の立香も非難の声で叫んだ。
「嫌だね。……今からその気持ち悪い感情をぐちゃぐちゃに塗りつぶしてやる」
「いや、いや、……いやだっ! オベロン!」
どさりとベッドの上に放り投げられ、上から体を押さえつけられる。
「オベロン……」
怯える立香を見て、オベロンは漸く胸がすっとした。ずっと胃の中がムカムカしていて、吐きそうだった。オベロンの表情に本気を知った立香が悲痛な表情で懇願する。
「見えないようにするから、だから。……消さないで」
むかついた。腹の底から怒りが沸いた。強く掴んだオベロンの手が彼女の柔らかい皮膚を傷つける。
「だったら! ……だったら捨てるな! 他人になんかにくれてやるな!」
「じゃあ、どうすれば良いの!? 貴方に気持ち悪いって言われたこの想いを、私、どうすれば……」
迷子の子供ように、立香の声が震えた。嫌いな癖に。どうして。と立香がすんすんと鼻を啜りながら泣いている。
「……」
何かを言わなければ。そう思うが、オベロンの開いた口からは何の言葉も出てこない。ただ、魚のように開けては閉じを繰り返した。……埒があかない。どうしようもなくなって、ぎゅうと立香の体を抱きしめた。
「オ、オベロン?」
彼は無言で抱きしめる力を強めた。ぐえ、と立香が苦しそうに喘いだ。少しだけ緩める。立香の胸から聞こえるトクトクと早い鼓動がオベロンの耳を打つ。戸惑うように立香の手がオベロンの背中に回った。
「気持ち悪い」
ビクリと腕の中の立香が震える。それを再び力を込めて押さえ込む。すると、諦めたのか、彼女の体から力が抜ける。それに安堵しながら、オベロンは言葉を続けた。
「何もかもが気持ち悪い。きみが何をしても、しなくても、気持ち悪い。きみが俺を好きでも、誰を好きでもそれは変わらない。全部、気持ち悪い」
「……? ……! 変わらないの?」
「そうだ」
「私が貴方が好きでも?」
「そうだよ」
立香が息を飲む気配がした。恐る恐る、立香がオベロンに尋ねる。
「私、……好きなままでもいい?」
「気持ち悪いって言ってるだろ」
「……やっぱりお呪い使っても良い?」
ビキリとオベロンのこめかみに筋が浮く。抱きしめていた体を離し、彼女の目の前でそれはそれは綺麗に微笑んだ。
「どうやら、酷い目に合わされたいらしい」
「怖い」
捕まれた両腕に再び力が込められて、再び立香は怯えた。ぷるぷると震えて首を振って怯える彼女にオベロンは溜飲を下げる。フンと鼻を鳴らして、力を弱めてやる。見逃すことにしたらしい。
「……大体、呪いをかけるのは俺の方だろ。何たって、災厄の王なんだから」
立香の目が丸まると見開かれたのを見て、オベロンは舌打ちした。ついでに、気持ち悪っ!と吐き捨てる。あんまりなその言葉に立香の目が半眼になる。
(なんとなく分かったけど、それはそれとして傷つくのは傷つくので)
ある意趣返しを思いつく。捕まれた腕に顔を近づけて、猫のように頬を擦り寄せた。
「ねぇ……どうやって呪いをかけるの、王子様?」
熱の籠もった流し目がオベロンを見上げている。うっそりとオベロンが笑った。それはいつぞやクー・フーリンが見せたものよりもずっと獣じみている。
彼の顔が迫り、――。こうやってさ、と立香の柔らかな唇に噛みついた。
「やれやれ。どうなることかと」
「全くだ。……どうしてこう、俺の周りのイイ女は男を見る目が無いのかねぇ?」
「きみがそれを言うのかい?」
「俺だから言ってんだろうが」
呆れ顔の魔女を尻目に、クーフーリンは紫煙を曇らせる。そして、見えぬ何処かを見ながら瞳を眇めた。
「嬢ちゃんにゃ悪いが、おままごとみたいな恋愛は俺には向いてねえよ。……独占欲だけは人一倍のガキ相手で丁度いいさ」
(以下、蛇足のR-18おまけ)
□■□
「ん、あっ」
両手に溢れる乳房を揉みしだきながら、オベロンが面白くなさそうに立香の耳元で囁く。
「俺があげたやつ、着てないの」
黒いブラジャーを無遠慮にたくし上げ、その下の蕾に指先を這わせた。
「ァッ! あ゛! だ、だって、に、あわなっ あぁあ」
「黒も似合ってない」
「ひんっ、先っぽだめぇ!」
くりくりと蕾を摘まんでオベロンが窘める。するりと彼の片手が立香の白い腹を撫でた。
「ん、んん、だめ、へ、変になる」
へえ、どんな風に?とオベロンが楽しそうに立香の腹を撫でさすり、更にその下の茂みに触れた。淡い下生えを逆立てるように指が往復する。
「お、おなか、あつい。じんじんする あっ、やっ……ぁ、」
ショーツの中にオベロンの手が潜り込んだ。その中指が彼女の隠された丘を割り開く。
「あぁんっ……!」
立香が前屈みになってその手の動きを封じようとするが、却って彼の指を彼女の奥深くに誘ってしまった。くちゅくちゅと彼の指が彼女の入り口を捏ねる。
「こら、足閉じるな」
「んっ……、やぁ……」
なんなく片足を押し開かれ、立香の太ももに隙間が出来る。オベロンの手が彼女の秘部をなぞり上げながら遠ざかる。
「あぅっ……ん゛っ、ふぅっ……」
その快感に耐えきったところで、オベロンが彼女をうつ伏せ、腰を持ち上げる。よつん這いの姿勢を後ろから眺めて、彼が言った。
「やっぱり、黒だと良く見えないな」
「?」
熱に溶け始めた立香の思考では彼が言わんとすることが理解できなかったらしい。とろんとした顔の立香にオベロンは微笑んで。ショーツを引っ張った。
「あの白だったら、此処が濡れて、きみの可愛いところが丸見えになったのに、ね」
ちょんちょんと彼の指が立香の花園をつつく。ひくりと彼女の太ももが震えた。ゆっくりとスジをなぞりながら、オベロンが彼女の背中に忍び笑いを零す。
「あれ、濡れたら透けるぐらい薄い生地で特注したからさ。しかも此処だけ」
「あぁ! ……そんな、とこ……っ! んうっ!」
カリカリとオベロンの指先が立香の秘部をかくと電流のような刺激が彼女の腹に溜まっていく。体温が上昇した立香の背中にうっすらと傷跡が浮かび上がった。その跡をオベロンの指が辿ると、立香の心が歓喜の声をあげる。
「ここ、触って欲しかったの?」
こくこくと立香が唇を噛みしめながら頷く。ぱらぱらと彼女の緋色の髪が空中に舞って煌めいた。堪らず、オベロンはその傷跡に吸い付く。
「んぁあっ!?」
チュッ、チュッと二度三度、吸い上げて、彼の腰を彼女の秘部に押し当てる。ごりっとした感触が彼女の気持ちいいところを掠めた。
「や、あっあ、だめっ、……そこぉっ」
「はっ、気持ちいいだろ? んっ……」
ぐりぐりと先端を彼女の黒い下着に押しつけると、白い線が付いた。
「ハハ、いいね。こういうのもありかな」
ぐいっと彼女の体を仰向けに転がして、腰を持ち上げる。彼女の足を肩に乗せながら、自分の逸物を彼女の下着の上に擦り付けた。ツルツルとしたその素材の上に、白い液体が飛び散る。
「やだぁ!」
その黒と白のコントラストに立香が目元を腕で覆い隠した。立香の足を下ろして、オベロンはその腕を無理矢理割り開く。腕の下から、真っ赤に顔染めて、荒い息を吐く少女の顔を見えた。ぽろぽろと彼女の瞳から涙が零れている。泣く彼女を見ると、ぞくぞくと興奮がオベロンの背中を駆け上がった。ずりずりと彼女の顔まで擦り寄って、その肉肉しい逸物を彼女の唇にくっつける。
「んっ!? ……んぅ、ふぅっ……」
「りつか」
甘えるような声。キュンと立香の子宮が疼く。自分を見下ろすオベロンの顔も少しだけ赤みが差している。彼の開いた口から鋭い犬歯が見えた。また、子宮が疼いて、堪らず立香は口を開く。それを待っていたようにオベロンが彼女の口に自分の逸物を突っ込んだ。
「んふっ!? んむっ、んふぅ……っ!」
苦しそうな立香の顔を見て更に興奮したオベロンが腰を振った。ぐぼぐちゅ、という音が立香の口から鳴る。
「はっ……ァ、すって、立香、吸って……ンッ」
立香が必死に頬をすぼめて、オベロンのモノを吸い上げると、グゥと彼の口から獣のような呻き声が零れた。それが嬉しくて、立香はちゅうちゅうと乳を求める赤子のようにその大きな肉棒を吸い続ける。
「……ッ! でるっ! ぐ、ああっ」
ごぼぉっと立香の口から白い液体が零れた。げほっげほっと彼女がむせて、さらに白い液体が飛び散った。
「ぐっ、げほっ、く、くるしっ、……」
立香の口元と胸元に大量の白が落ち、その目元が真っ赤になっている。一度精を吐き出したオベロンの逸物がまた天に向かって反り立った。立香の息が整わぬうちにそれを再び彼女の口に押しつける。
「んんー!(やだ!)」
立香が抵抗して唇を閉じたのを不快そうに見つめて、彼は分かったよとその逸物を放した。ほっと立香が安堵していると、もう一度それが近づいて、彼女の顔の側で止まる。
「苦しくしないから、もう一回」
して、と懇願されるとどうにも弱い立香は恐る恐ると唇を開いた。先程と違いゆっくりとその逸物が立香の口の中に収められる。
「はぁ……」
恍惚の息を吐いて動く気配のないオベロンに、立香はゆっくりと口の中の物に舌を這わせる。
「ん……、そこ、うら、舐めて」
指示通り彼の裏筋を舌でチロチロとたどり上げると彼の口から艶やかな声が零れ落ちた。随分と具合が良さそうなオベロンに立香は機嫌を良くして、彼の竿をちゅううと吸い上げる。
「……ぅ、ばか、でる」
いいよ、と返事のように立香は彼の精嚢を撫でた。柔らかい刺激に堪らず、オベロンは二度目の射精をする。一度出している為か、先程よりも少ない勢いのそれが立香の口内に注がれた。こくこくと立香はそれを喉を鳴らして飲み込んでいく。ちゅうちゅうと最後の一滴まで吸い上げて、漸くそれを彼女は自分の口穴から解放。そして、あ、と口を広げて全部飲んだことをオベロンに伝える。
「……旨そうに飲みやがって。そんなにお気に召したなら、嫌というほど飲ませてやるよ」
ぐっと彼の掌が彼女の腹を押すと、ひんっ、と立香から悲鳴が零れた。
「そら、下の口を開きな」
「やん!」
むしり取るようにオベロンが立香の黒い下着を剥ぎ取った。甘酸っぱい匂いがして、スンとオベロンの鼻がなる。
「匂いがするなぁ……、我慢できずにお漏らしでもしたのかい?」
かぁああと立香の頬が赤く染まる。どうやら図星のようだ。にやりと笑ってオベロンが彼女の足を広げると、愛液がねっとりと彼女の秘部に滴っていた。オベロンのものを舐めて、大分濡らしたようだ。ぺろりとオベロンが唇を舐める。大きく口を開口して、かぶり付くように彼女の秘部に吸い付いた。
「やぁああっ!!」
じゅるじゅると啜る音が立香の股の間で響く。オベロンの黒い髪を掴んで立香は必死にその刺激から逃げようとするが、きつく捕まれた太ももに阻まれ、ガクガクと無様に体を震わせるだけだった。
じゅっ、ずる、ち゛ぅううう!
飲み干すかのようにオベロンが立香の汁を啜る。暫く夢中になって吸い続けていると、立香の声が聞こえなくなった。ぷはっとそこから唇を離して顔を上げると、立香がぐったりと瞳を閉じている。……気を失っているようだ。
「おっと、やり過ぎた」
ぺちぺちと彼女の頬を叩くが、反応が無い。ついつい煽られて、彼女が初心者ということを失念していた。些かハード過ぎたようだ。仕方無いなと彼女の横に寝そべった。
「起きたら、覚悟しておきなよ」
泣き腫らした立香の頬を撫でて、オベロンは満足げに瞳を閉じた。自分の物が他人に奪われずにすんだ安堵ゆえか、眠気がオベロンの瞼をノックしている。間を置かずに、すうすうと二人分の寝息が聞こえ始めた。
余裕綽々の彼だが――、数時間後、我慢できずに、気を失っている彼女の穴に無理矢理突っ込んで、盛大に二回目の紅葉を咲かせることになる。南無。
「やあ、愛豚《ピグレット》。私の本はきみの役に立てたかな? ……何だって? 逆効果? そうかい……、そいつは残念だ。ならこの本は、廃版ということにしよう。図書室の本も効果に疑いありと、回収しておくよ。……だからさ、早いところ、あの箱回収してくれない?」
怖くて夜も眠れないという苦情のもと、マスターは華麗なるダッシュでそれを回収したとかしないとか。