春爛漫、――桜の花が散る学び舎の入り口。楽しそうに騒ぐ同年代の仲間達を眺めながら、一人の少年が歩を進めていく。陶器のように滑らかな肌に完璧な位置に配置された顔のパーツ。そして、長い睫の上には、大人になりきる前の瑞々しい色香。少年が通り過ぎる度に、少年少女達が振り返った。人形の如き秀麗さを持つ少年の名は、オベロン。同中の出か、大なり小なりのグループがヒソヒソと彼に奇異の目を寄せながら囁き合う。
(鬱陶しい――!)
煩わしい視線の数々に、端麗な容姿に見合わぬ粗暴な内面が咆哮を上げた。深く眉間の皺を刻み、ブルーの瞳に冴え冴えとした冷たさを宿す。人形めいた彼の雰囲気は一気に年頃の少年の顔になった。少年が周囲を睥睨すると集っていた視線は慄いたように散った。途切れた息苦しさに少年は深いため息を吐く。そして、――空を見上げた。
「立香……」
切ないその声の向ける先は、かつて、共に闘い、何時か未来でと最期の別れを告げた相手だった。そう、彼には前世の記憶がある。以前の彼は人間では無かった。彼はサーヴァントという超常の存在であり、世界を救う戦いに身を投じていたのだ。サーヴァント――、英霊とも言うその存在。一般的には、英雄や偉人が死後、信仰によって精霊の領域にまで昇華された者達のことであり、彼らを世界の外側にある英霊の座を介して使い魔として召喚したものがサーヴァントである。 ただ、オベロンに関しては些か規定の存在からは逸脱した特殊なサーヴァントだったりするのだが、今は割愛する。
使い魔ということは召喚した相手がいるわけで。オベロンのマスター、藤丸立香こそが彼の運命の相手だった。どうして二人が別れたのか、何と闘ってどうなったのかは、話が長すぎて数年では足りなくなる為、やっぱりこれも割愛する。何やかんやあったのだ。何やかんや。兎も角、生前、結ばれなかった二人は来世を約束して別れた。無事に(?)、当世に生まれたオベロンは物心ついた日から藤丸立香を探している。しかし、初等教育を終え、若葉香る中学を卒業し、高校に入学するという今日になってもその運命の相手は見つからず。日本文化をリスペクトし、毎年元旦に恋愛成就の神社に詣でているが、結果は何時も同じ。『待ち人、遠し。気長に待つべし』である。ため息のひとつやふたつ出ようというものである。
(はぁー。ほんと何処に居るんだよ、アイツ)
もしかしたら。もしかしたら、転生したのは自分だけで。相手は今も輪廻の輪を巡っていて。会えるのは、来世かそのずっと先か。
(……)
彼の両目に暗い影が射したその時。
「――。うわっ」
オベロンの顔に突風が吹いた。ざあざあざあ。桜の花びらが悪戯な風に弄ばれ、オベロンの視界をピンク色に染める。咄嗟に片腕を顔の前に翳して、花びらを鬱陶しげに睨み付けた。
「ああもう鬱陶しいなぁ……!」
――風を払いのけるように腕を振り下ろした、その刹那。
「ァ」
桜色の中に、見慣れぬ色を見つけた。
夕焼けのように鮮やかな、ソレ。
「立香!!!」
大声に驚いた人影が振り返る。目を見開いた相手の、……忘れもしないその横顔。
(ああ――)
オベロンは走り寄った勢いそのままに、相手の体を強く抱きしめた。
「立香、立香っ、……遅いんだよ! 馬鹿野郎!」
オベロンよりひと周り小さいその背も、顔を埋めるその体から香る匂いも。覚えていたものと同じ。十数年、焦がれ続けたものだった。
(――やっと、会えた!)
万感の想いでオベロンは彼女の首筋にキスをしようとして、
「だ、……だれ?」
信じられない言葉を聞いた。
「………………は?」
オベロンの腕から力が抜ける。ユラリと一歩後ろに下がって、彼女の顔を見つめた。そこにあったのは、驚きと困惑、そして、不審。感動の再会に伴う喜びは何処にも無かった。
「は? ……は? ……はぁあ??」
信じられずオベロンが怒りの声をあげるも、彼女は眉を下げて。
「えっと……ごめん、何処かで逢ったことある?」
逆鱗に触れるその一言に、一気にオベロンの怒りメーターが振り切れた。
「っっふっざけんなよ! お前! 俺がっ、このっ、誰の為にっ!」
オベロンが相手の肩を強く掴むと、うわっと声を上げて彼女が一歩後ろに下がった。一歩。されど一歩。その一歩によって、オベロンの視界に入っていなかった情報が目に飛び込んできた。
「……ちょっと待って」
それ、と彼女の下半身を指して、オベロンは尋ねた。
「何でズボンなの」
パチパチと彼女の瞳が瞬きを繰り返す。何でって、と酷く不思議そうに言葉を添えながら「制服だから」と答える彼女。違う――、とオベロンは首を横に振る。
「そういうことじゃ無くて、……いや、本当に、きみ。生まれ変わっても王子役とか笑えないんだけど?」
ムッと彼女の眉が顰められ、胡乱げな視線を投げかけてくる。
「別に、王子役とかじゃないし。ていうか、君さ。さっきから何なの?」
初対面の相手に行き成り抱きつくとか、相手が女子だったら痴漢だよ痴漢と抗議をしてくる彼女に、オベロンは目を見開いた。『女子だったら』、『制服だから』。半ば答えを知りながらも、どうしても信じたくないオベロンの心が叫ぶ。
「なに、何を言って……。だって、きみ! 女の子だろう!?」
「なっ……」
絶句し、青ざめる。その顔色を隠すように俯いた相手は、しばし沈黙した後。全身がぷるぷると震えだし……。
ガッ――――!
オベロンは尻餅をついて地面に倒れた。
彼女、否、彼は、繰り出した右手を更に強く握りしめて叫ぶ。
「……僕は、男だーーーーーーーーーーーー!」
そして、脱兎。振り返ることも無く、真新しい鞄を振り回して去って行く彼。オベロンはその後ろ姿を為す術も無く呆然と見送った。そろりと殴られた頬を押さえる。熱い。ジンジンとした痛みが頬を貫通して歯茎まで痛くなって来た。
(痛い。……夢じゃない)
夢であった方がどんなに良かったか。オベロン自身に同性愛に対する偏見は無い。というか、押し並べて同列というか。ただ――。そう、ただ自分自身がそうかと言われれば。……答えはNOだった。
「うそだろ」
ぽつりと零れたソレは、かつて大嘘つきと言われた彼の本音だった。
(うそうそうそうそ、うそっ!!!)
立香と呼ばれた少年は走りながら、内心で叫んでいた。その顔は酷く青ざめている。
(あの人だれ!? なんで、なんで!)
驚く人の波間を軽快にすり抜け、刈り込まれたばかりであろう垣根をハードルのように跳び越えていく。
(私が女だって知ってるの!!?)
そう、少年は『少女』だった。
遡ること、十数年前。それは立香がおぎゃーと元気よく生まれて、数週間後のこと。
両親は、藤丸家の本家に立香の初お披露目にやって来ていた。
「大婆様、立香です。どうぞ顔を見てやってください」
「ヒヒ、よく来たねぇ。さぁ、この婆さんに顔をよーく見せておくれ」
真白いおくるみに包まれた立香がホニャホニャとした顔を布の間から出すと。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「「こわっ!」」
突如、老婆が叫んだ。懐から御幣を取り出すと、一心不乱にハラッタマキヨッタマし始めた。両親はドン引き。一通り、何か良く分からない念仏を唱えた後、荒い息で恐るべき事実を伝えてきた。
「何て可愛い、……じゃない。おほんおほん。――何という女難の相じゃ!」
「じょ、女難……」
「これほど、難儀。いや執念深い相を見たのは百年ぶりかのぅ」
「え。……大婆様っておいくつ、」
「しっ!」
母親が父親の口をふさぐ。
「良く聞きなされ。このままでは、立香はとんでもない修羅場に巻き込まれてしまうぞ」
「大婆様、立香は女の子です!」
「知ってるわ! ……ごほん。知っとるわ! だから、厄介なんじゃろうが」
「「えー……」」
老婆曰く。立香はとんでもない女難の相を持って生まれてしまったらしく。一定の年齢になるまでは男として育てるべし、とのこと。通常であれば、鼻で笑い飛ばす戯言である。だがしかし。この老婆、ただ者では無い。遙か昔より、数多の政治家や起業家。果ては海外からも依頼が来るほどの凄腕の占い師だった。日本の歴史の裏に藤丸家ありという噂があったり無かったり。当然、家の者もこの老婆の言葉は絶対だと信じている。と言うことは、立香は本当に男の子として育てなければならないということで。
「いやぁ、でも無理では? とりかへばや、じゃないんですから。現代日本じゃ、性別なんて誤魔化せませんよ」
体育や健康診断。性別を確認するタイミングなんて山のようにある。幾ら何でも、と両親が渋い顔をしていると。
「私――、ごほん。ごほん。ワシに任しておけ。心当たりがある」
そう言って、両親と立香を連れ立ち――。
「とーぅ!」
どぽんっ! と老婆は赤子を泉に投げ入れた。
両親と旅行ガイドの悲鳴が中国の僻地に木霊する。
「「きゃああああ!」」
「あいやー! 男溺泉に落ちてしまた!」
男溺泉。それは千五百年前、若い男が溺れたいう悲劇的伝説を持つ泉である。その伝説以来、この泉で溺れた者はみな男になってしまうという。まさにその泉に、年端もいかぬ赤子が投げ込まれ、溺れている。
「がぼがぼがぼ」
「「立香ーーー!」」
「立香、自分の力で這い上がるのじゃ! そう、獅子のように! 不死鳥のように! ガッツ! この世は回避とガッツが命!」
助けに入ろうとする両親と、それを制止して赤ん坊にど根性論を振りかざす老婆。
旅行ガイドの男は、ずり落ちた帽子を押さえながら呟いた。
「……とんでもない客を案内してしまたある」
その後も色々、……色々あったが。話が長くなるので割愛して。
以上のような過去を経て、立香は水を被ると男になるという性質を持ったのである! ……である!
そして、今日。
15歳のピッチピッチの少年二人は、運命の出会いを果たした。
桜舞う青空に少年達の叫びが木霊する。
「「最悪だーーーー!」」
だー、だー、だー……。
ホーホケキョッ!
ずずずっ。煎茶を飲みながら、豊かな栗色の髪をこれまた豊かな胸部の前に流した美女が呟いた。
「……いやぁ、青春だねぇ」
「仕事をしてください、学園長!」
保険教諭が書類の山を指さしながら雄叫びを上げるが、どこ吹く風。意に介さず、茶菓子についていた爪楊枝を揺らしながら保険教諭に言葉を返す。
「最近、地下アイドルに嵌まってるそうだね? マシュが心配していたよ。いい加減、君も結婚相手を探したら?」
「ぐさっ」
効果はばつぐんだ! 保険教諭は倒れた!
ピクピクと体を痙攣させて床に倒れ伏す彼の上に大きな影が落ちる。
褐色の肌に、青い髪。ボンキュッボンどころでは無い、ナイスバディなお姉様。大変けしからん色気を醸し出しているが、これでも立派な教師の一人である。サボりが多いが、男子生徒からの人気は圧倒的。ついでに、父兄からも大変人気。
「ねぇねぇ、今日は新年会でしょう? お酒、いーっぱい飲んでいいのよねぇ? うふふ、楽しみ~~~♡」
長身の美女が唇をペロリと一舐めする。
「……ロマニ。君、ちゃんと飲み放題プランにしたんだろうね?」
「……したよ。したけど、出禁になるかも」
はぁあと二人は揃って大きなため息を吐く。去年だけで、六件の店から出禁を喰らっている。ちなみに去年の飲み会は全六回なので、毎度毎度出禁を喰らっている計算だ。果たして今年は何処まで数が伸びるのか。居酒屋のブラックリストに載っていないことを祈るばかりである。
ざわざわざわと騒ぐ少年少女の中心に、仁王立ちする青い髪とピンクの髪の二人の美少女。
「め・ぎ・つ・ね、さん。どぉおおして、貴方がこの学校にいるんですぅ?」
「あらあらあら。それはわたくしの台詞でしてよ、清姫さん♡」
まさに前門の龍、後門の狐。二人の視線の間にはバチバチと稲妻が見える。清姫と玉藻という名前の二人の少女は、幼稚園からの長い付き合いで所謂、幼なじみ(二人は腐れ縁と譲らないが)というやつなのだが、とある理由から激しく対立していた。それこそ、視界に入ろうものなら煽り合い威嚇するほどには。
「あわわわ。入学初日のイベントは恋愛ゲームじゃありがちだけど、修羅場とか前衛的すぎない!? ねぇねぇ、二人を止めてよぉ」
「わ、私ですか!? うーん、しょうがないなぁ。ええっと、……ふ、二人とも! 皆みてるから! 恥ずかしいからぁ!」
「「ウフフフフ」」
笑顔で睨み合う少女二人の背景には、キシャーッと威嚇し合う蛇と狐の生き霊。
茶髪の少女、シャルロットの懇願にも一向に引く気配がない様子。
「もう、もう! 止めてってばー!」
「あ、ヤバ」
シャルロットの叫びに、刑部姫は咄嗟に鞄で頭を庇いながらしゃがみ込み――、その頭上で。
バサバサバサバサッ!!
白い鳩の大群が二人のケモ――失礼、少女の顔面に向かって突撃した。
「「ぶふぅっ。シャルロット、鳩は止めなさいって何時も言ってるでしょう!!」」
クルッポー。
清姫、玉藻、刑部姫、シャルロット。この四人は共に同じ中学出身の仲良しカルテット。通称、ダブルエフ(fearful four)。ちょっぴり厄介、ごほんげふん。ちょっとばかりお転婆な彼女らは、何時も一緒。何せ他の同級生から遠巻き、あー、……近寄りがたい?存在のようなので! しかし、高校でもヨンコイチとなる彼女らは知らなかった。彼女たちの前に現れる王子様によって麗しき友情の危機が迫っていることに!(え? ……とっくに壊れている?)
行き過ぎた放任主義の教師陣に、恋に恋するハリケーン娘達。
そして、前世で誓いを交わした運命の二人、立香とオベロン。
果たして、彼らの道行きはどうなってしまうのか。
カルデア学園に嵐が来る! ハチャメチャラブコメディ【りつか1/2】、開演です!
次回『レッツゴー! ぼくらはいつも優等生』でお送りします。