協奏曲★幕間Ⅰ:とある探偵の見解

ふむ。なるほど。つまり、自己の在り方に異常を感じる――と。
左様、ならばそれが正常真実かと。

なんですって? 説明になっていない?
やれやれ、中々にどうして、聞き上手な助手のいない状態での説明は骨が折れますな。
ミス・キリエライトは・・・ははぁ、残念。取り込み中のようです。

ところで、自己の定義とは何かご存じですかな?
よくアイデンティティは個性と間違われるが、何を以て、人はその人たらしめんとするのか。
例えば、私ですが。イギリス人、ヘビースモーカー、趣味はヴァイオリン。
これらは私の定義のごく一部であり、付加要素サブエレメンツに過ぎない。
私が私であるということ、これ即ち、推理と証明コアエレメンツに他ならない。
けれど、だがしかし、私が名探偵であることは――。
(おや?不遜が過ぎる。ふむ、私に関する書籍発行部数をご存じで? いや失礼、君は小説の類は嫌いでしたな)
これは私では証明しえないことなのです。私の傍にいる者たちが、それを証明する。私という存在を定義する。
ハドスン夫人、ワトソン君、そして、恐らく、かの犯罪王。
彼らの存在があって初めて、私は私足りえます。

破滅の白き竜。夏の世の夢の妖精王。
そうとも、これは覆すことの出来ぬ君を構成する要素アイデンティティだ。
世界を、全ての命を呪い、崩落へと導くものよ。

ウェールズの森、白き王女、予言の子。
そして、人類最後のマスター。ミス・藤丸立香。

君を寿ぐもの。君を守護するもの。君を知るもの。
君を呼ぶもの。そして、君を愛するもの。
彼らが君を定義する。只の終端装置ではない。ともに歩み、明日を見る同士として。
彼らの認識が君の恐るべき呪いの定義をも油絵の如く塗りつぶす。
はい? ・・・その指摘については肯定イエスと答えよう、ミスター。
覆い隠したところで、本質は消えはしない。ナイフで削れば容易くその底は見えるでしょう。
願いもまた月光の光が如くささやかだ。悲しいことにね。

しかし、ミスター。お聞きなさい。生まれがどうであれ、何であれ、万物は流転する。
少しずつ、少しずつ変わっていく。小さな変化は束ねられ、大きな奔流へとなっていく。
昨日と同じ私たちはいない。今日の私たちは明日にはいない。明日の朝、我々はまた生まれる。
ただの偏屈なイギリス人が名探偵になったように。呪われた妖精王が何者になるのか。

くだらない妄想?
先ほども申し上げた通り、私が名探偵を証明できないように。
君は君だけでは己を証明できない。
君の周りにいる者たちこそが君を定義し、証明している、その証左が今の状態なのでは?
私は、そう思いますがね。

私は職業柄、君を信じることは出来ない。君の証明者足りえない。
それでも、言えることがある。
君に祝福あれ――。

おや?普段、徹底的にこの私の前に出ることが忌避する彼が、わざわざ出向いて頂いたというのに。
有効な助言にならなかったようで、残念だ。申し訳ない。不愉快承知の上。
私が愛するマスターへの応援歌なのでね、どうか許されたい。
・・・御退出された後では、もう聞こえないだろうが。