「織姫と彦星って言ってね、地元じゃ有名なお話だったんだ」
「……ふーん。元は裁縫の上達を願う行事だったのが、今や欲望に塗れた願い事のごみ処理場ってわけか。ハハハ、気の毒~ぅ」
ちっとも気の毒そうに見えないが、オベロンは願掛け対象の二人を慰労した。
「まあ、君ならそう言うと思ったよ」
「あ、そ。じゃあ、聞くなよ……っと!」
ダークグレーの髪の美しい青年は、悪態1つ吐いて足元の枝を蹴り上げた。ぽちゃん! 音を立てて宙を舞った小枝は、暗闇の湖に落ちる。
夜空に浮かぶ美しい星々を映す水鏡が、落ちた枝の起こした波紋に歪んでいく。それをぼんやりと眺めて、立香は立てた膝の上でふうと息を吐いた。
「……何だよ。人の隣でため息を吐くとか、マナーがなってないんじゃないの?」
湖のほとりに寝転んだ姿勢で、オベロンは隣に座る立香をジロリと睨む。ゆるゆると頭を振って、立香がそれにごめん、と謝った。
「いやね。昔はさ、一年に1回とかさ。しんどいし、可哀想だな~って思ってたんだ」
「そいつは随分と傲慢じゃないか。一体何様のつもりなんだか」
鼻を鳴らしたオベロンの言に是と立香は頷く。
「ホントにね。二度と会えないことだってある。一年に一回だって、会えるなら……」
言葉の途中で立香が顔を膝の間に埋めたので、最後の言葉は音に成らずに消える。ともすれば、泣いているような姿勢だけれど、オベロンはこいつはそんなことではもう泣かないと知っている。もう泣けなくなってしまったが正しいのかもしれない。
「でも、どうせ欲深いきみ達のことだ。一年に一回が、半年に一回、3か月に一回、最後は毎日会えなきゃって不平を漏らすんだ。ほーんと、どうしようもないね☆」
ニッコリとオベロンは笑う。下らない。どうしようもない。救いようがない。愚か、愚か、ああ、なんて愚かなイキモノ、と笑う。
空笑いの声が夜の森の中に虚しく響いていく。虫の声も聞こえない。ただ真っ暗な森の中、星の囁きだけが水の中に落ちていく。はーあ、とオベロンが笑いつかれて、組んでいた足を地面に放り下ろした。
大きく息を吐きながら、満点の夜空を見上げる。キラキラ、綺羅綺羅、きらきら。星が瞬いている。あの星はとっくに死んでいるのに、どうして今も光っているのか。どうして、隣に座る女はとっくの昔に心が死んでいるのに、今も走り続けているのか。……オベロンには、さっぱり分からなかった。
もぞりと隣のイキモノが動いた。のそのそとオベロンの傍に寄って来る。オベロンは近寄るなと言おうかと思ったけれど、どんな惨めな顔をしているのか興味が湧いたので、何も言わずにその亀の歩みを見守った。間も無く、夜空を遮って琥珀の二陽が現れる。ああ、やっぱり――、その瞳は瞬いている。
「あいたい」
「……誰に?」
「君に」
「…………お前さ、ほんと馬鹿だろ」
「自覚は、あるよ。――でも、会いたい、の。会いたいよ、オベロン」
「……」
オベロンは、ため息ひとつ。太陽から雨が降りそうだったので、小さくそして愚かなイキモノの頭を自分の胸の上に落とした。
「だからって、星に願ってまで会いに来るなよ」
※6章クリア後、カルデアに召喚されていないオベロンと逢いたくて仕方がない立香ちゃんのお話