ふむ。なるほど。つまり、自己の在り方に異常を感じる――と。
左様、ならばそれが正常かと。
なんですって? 説明になっていない?
やれやれ、中々にどうして、聞き上手な助手のいない状態での説明は骨が折れますな。
ミス・キリエライトは・・・ははぁ、残念。取り込み中のようです。
ところで、自己の定義とは何かご存じですかな?
よくアイデンティティは個性と間違われるが、何を以て、人はその人たらしめんとするのか。
例えば、私ですが。イギリス人、ヘビースモーカー、趣味はヴァイオリン。
これらは私の定義のごく一部であり、付加要素に過ぎない。
私が私であるということ、これ即ち、推理と証明に他ならない。
けれど、だがしかし、私が名探偵であることは――。
(おや?不遜が過ぎる。ふむ、私に関する書籍発行部数をご存じで? いや失礼、君は小説の類は嫌いでしたな)
これは私では証明しえないことなのです。私の傍にいる者たちが、それを証明する。私という存在を定義する。
ハドスン夫人、ワトソン君、そして、恐らく、かの犯罪王。
彼らの存在があって初めて、私は私足りえます。
破滅の白き竜。夏の世の夢の妖精王。
そうとも、これは覆すことの出来ぬ君を構成する要素だ。
世界を、全ての命を呪い、崩落へと導くものよ。
ウェールズの森、白き王女、予言の子。
そして、人類最後のマスター。ミス・藤丸立香。
君を寿ぐもの。君を守護するもの。君を知るもの。
君を呼ぶもの。そして、君を愛するもの。
彼らが君を定義する。只の終端装置ではない。ともに歩み、明日を見る同士として。
彼らの認識が君の恐るべき呪いの定義をも油絵の如く塗りつぶす。
はい? ・・・その指摘については肯定と答えよう、ミスター。
覆い隠したところで、本質は消えはしない。ナイフで削れば容易くその底は見えるでしょう。
願いもまた月光の光が如くささやかだ。悲しいことにね。
しかし、ミスター。お聞きなさい。生まれがどうであれ、何であれ、万物は流転する。
少しずつ、少しずつ変わっていく。小さな変化は束ねられ、大きな奔流へとなっていく。
昨日と同じ私たちはいない。今日の私たちは明日にはいない。明日の朝、我々はまた生まれる。
ただの偏屈なイギリス人が名探偵になったように。呪われた妖精王が何者になるのか。
くだらない妄想?
先ほども申し上げた通り、私が私を証明できないように。
君は君だけでは己を証明できない。
君の周りにいる者たちこそが君を定義し、証明している、その証左が今の状態なのでは?
私は、そう思いますがね。
私は職業柄、君を信じることは出来ない。君の証明者足りえない。
それでも、言えることがある。
君に祝福あれ――。
おや?普段、徹底的にこの私の前に出ることが忌避する彼が、わざわざ出向いて頂いたというのに。
有効な助言にならなかったようで、残念だ。申し訳ない。不愉快承知の上。
私が愛するマスターへの応援歌なのでね、どうか許されたい。
・・・御退出された後では、もう聞こえないだろうが。