後奏曲★レポート№X:(Missing Number)

■藤丸立香の秘密について
アルフォンス・ファーガス・ゴールディングはどうやって彼女の情報を知りえたのか?
そもそも、あれほどカルデア陣営が苦心して隠していた彼女の情報が一介の魔術師である彼になぜ漏れたのか?
Q)査察団の報告によって?
  A)いいえ
Q)カルデア内の密通によって?
  A)いいえ
Q)ではどうやって?
  A)………………

「死体を拾ったんだろう?あの海の藻屑になった男の。
そして、その男の記憶を見た――そうだろ?」

過去にカルデアの査察団として来た男がいた。その男は、ランクは低いながらも魔眼を所持しており、藤丸立香の体の違和感(高密度の魔力反応)に気付いてしまった。そして、立香の詰問しようとした男は、奈落の虫の怒りに触れ、無残な運命を辿る。彼を子飼いとしていた貴族は複数いたが、その一角にゴールディング家があった。
カルデアより帰還した彼は黙して語らず。その身を蒼き海に捧げてしまった。殆どのものは彼の失踪に関心を寄せなかったが、唯一、アルフォンスだけが死体を探し、海の底からボロボロになった彼だったものを拾い上げる。
そして、彼は見た。彼の家が得意とする死霊魔術を用いて、物言わぬ死体から隠匿されたカルデアの極秘情報――藤丸立香の秘密を。

白い男、妖精王オベロンは微笑む。
「それを知った時、心が躍っただろう?
とても珍しいものを見つけたと、さぞ歓喜したことだろう。
ああ、でも気を付けて? どんなに素敵なものでも物事には理由があるのさ」

混乱するアルフォンスを置き去りにしたまま、オベロンは言葉を続ける。
「彼にはお土産を持たせておいたんだ」
暗闇の中でオベロンの瞳が緑に光る。

お呪いおまじないみたいなもんさ。効果が発揮されるのは、死体の記憶に触れた時。
シンプルだろ?……誰でも良かったからね。無差別すぎる?
大丈夫大丈夫! 魔術師の死体をほじくり返すやつなんて、魔術師以外いないから。
さて。そのお土産だけどね。僕の手持ちが少ないばかりに、とっても細やかささやかなものになってしまったんだ。はっきり言って、効果は雀の涙ほど」

■お呪いの効果について
ひとつ、藤丸立香に敵意を頂かないこと
ふたつ、藤丸立香の存在を他者に明かさないこと
みっつ、藤丸立香の不利益に繋がる行為を防ぐこと

「もちろんこのままじゃあ恰好がつかないからね。ちょっとした仕掛けは施してあるとも。よくあるだろ? 日差しの下だと三倍とか。……え、知らない? えーと、そうだな、ほらカードゲームでさ、特定の条件を満たすと強さが加算されるカードとかあるよね? あれだよあれ!」

■お呪いの強化方法について
特定人物(藤丸立香)の視覚情報を得ること
制約事項:呪いそのものに特定人物への接触誘導効果は付属しない

「君、あの娘に何回会った?
……イギリスで一回、エーゲ海で二回、カンボジアで三回?
まあ、その間どれだけ彼女の姿を目に移したかなんて、数えきれないよね。
だって、君、穴が開くほど彼女のこと見てただろ?」
そう笑う彼の瞳が酷く冷えていることに気付く。

「この俺が意味も無く、むざむざと他人の目に晒すわけがないだろ。
おっと……失礼。言葉が乱暴だったね」
ふうと彼は話疲れたように息を吐く。

バルコニーに腰かけながら、彼は憂鬱そうに話を続ける。
「君たち人類、いや、魔術師かな? まあ、なんでもいいけど。
どうしてこう、欲深いんだろうねぇ。放っておいてくれたらいいのにさ。
やれ英霊がどうの、やれ魔術師の家名がどうの。
あの娘には何一つ褒美をくれやしないのに。何時までも何時までもしつこい。
そこで、僕は一計を案じた訳さ。
対立するからだめなんだ、何事も平和的に……ってね」

おめでとう!と彼は拍手を送る。君はカルデア親善大使の第一号さ!

「名家を相手にするのは聊か分が悪い。程よく力を持っていて、程よく影響力のある人物。妖精王の厳選たる審査の下、――君が選ばれた。いやぁ、素晴らしい!是非ともカルデアの為に頑張ってくれたまえ!君の、君たちの今後の活躍に大いに期待しているとも……。
ああ、でも君の執着心については、予想外だったな。それだけは頂けない。だから、『核』を引っこ抜いておこう。大丈夫、もう形は完成しているから。核が無くてもこのお呪いは有効だよ」

オベロンが人差し指を指揮者のように振ると、アルフォンスの目の奥が燃えるように熱くなった。
「あああ!」
彼の美しい翠の瞳からぬるりと何かが這い出てきた。蝶だ――。それはふわりと宙に浮いて、オベロンの方へ飛んでいく。手元に泊まった蝶を彼は躊躇なく握り潰した。手の平に残った黒い塵が幾ばくもせず、空気に溶けて消える。
「これでよし。うん、これでもう君はニセモノの感情に振り回されることは無い」
ニセモノ――?
「そうとも、さっき説明したけど、お呪い事態に対象人物への接触誘導効果は無い。だから、このを一緒に添えておいた。それがお呪いの『核』だ。……核は彼女に反応する。どうして反応するのか、なんて聞かないでおくれよ。……恥ずかしいだろ? いやぁ、しかし、悪かったね。この核はと相性が良すぎたみたいだ」

ゴールディング家には双子の兄弟がいた。同じだけの才を持ち、同じだけの功績を残した。彼らの違いは殆ど無く。ただ生まれた順番で当主が決まった。当然、弟は面白くなかった。だから、兄から大事なものを奪うことにした。当てつけだった。しかし、それが全ての始まり――。

兄には美しい妻がいた。才媛溢れ、見目麗しい。完璧に見える彼女の唯一の欠点は、遊び好きだったことだろう。刺激がないと生きていけない質だったのだ。だから、義理の弟が自分に声をかけてきた時、喜んで受け入れた。夫に隠れてその弟と関係を持つ――秘密の関係というのは大層彼女の心を躍らせた。爛れた関係から数年後、彼女は子供を身籠った。誰の子か――でもよかった。とも関係を持ち、の血でも問題ない。まさか、自分を殺して愛玩するほど弟が狂気の男だとは夢にも思わなかったけれど。

「君の世界に対する憎悪と僕の核がうまい具合に噛み合っちゃったんだね。君も苦労するよねぇ。ドロドロの肉親関係に巻き込まれて、気の毒に。ああ、君も気づいているだろうけど、君の叔父さんさ。君のことが欲しくて仕方ないみたいだ。エーゲ海で君を連れ去ろうとしたのもそいつだろ?
君のお母さんみたいに大事に大事に『保管』しておきたいみたい。
……ねえ、知ってる?
あのクソ野郎が、自分の屋敷で君のにナニをしているか。うわぁ、気持ち悪っ! どーしてこう、君たちは気持ち悪いんだい? 吐きそうだよ――」

(気持ち悪い……)
幼き頃に見た悪夢――。アルフォンスは自分の記憶にこびりついて離れない女の愛声に耳を塞ぐ。夫ではない男の上に跨って狂ったように踊る母親。母と自分を舐めまわすかのように見る叔父。事実を知りながら、魔術以外の何にも興味を示さなかった父親。幼いアルフォンスにとって、この世に美しいものは無機物しか無かった。

世の中全てが気持ち悪かったアルフォンスに、ある日、天啓が下りた。死んだ男の記憶から、初めて彼女を見た時。痺れるような衝撃が駆け抜けたのを覚えている。愛おしそうに腹を撫でる彼女。美しかった。初めて生き物を美しいとアルフォンスは思った。彼女の体は神秘に満ちていて、彼女こそがこの世で命を宿すに相応しい人だと思った。

彼女から生まれたかった。彼女に愛されたかった。彼女と同じ、綺麗になりたかった。
けれど――それはニセモノの感情なのだと白い男は言う。

「違う、違う……この気持ちはニセモノなんかじゃない! だって」
「だって、何だって言うんだ?もう名前も覚えていないのに」
え?とアルフォンスは言葉を漏らした。それを冷めた瞳で見つめながら、オベロンは言ってごらんよと続けた。
(……何を?)
(彼女の名前さ――!)

「あのひと、そう、あの人の名前は…………なんだっけ?」

 

オベロンは踊りだすような気持ちで海岸の砂浜に降り立つ。ふんふんと鼻歌すら歌いながら、そのまま、バルコニーからヴィラへと進む。扉を開けて、部屋の中央にあるひと際大きなベッドに近づいた。――ベッドの上には、彼の宝物が眠っていた。
「どこに行ってたの?」
立香が眠気眼にオベロンの腕に手を伸ばした。その手を取りながら、オベロンは口ごもる。
「ちょっとね……」
野暮用で、と言う彼に疑わし気な視線が刺さる。冷や汗をかきつつ、オベロンは付け加えた。
「悪いことはしていないよ。少しだけ、『お願い』をしてきただけさ。それも平和的な方法で。きみが気にするから人の命だって粗末にしちゃいない。――本当だって!」
夫の言うことを疑うのか?とオベロンは立香の良心に訴える手段に出る。残念なことに今更そんな演技に彼女はだまされてくれやしない。けれど――、「いいよ」と彼女は言った。
「きみの事だから何かしてるんでしょう?でも、うん……、言わなくてもいいよ。信じてる、ていうのとは少し違うかな。決めたから。他の誰でもないきみと生きていくって」
「……いいの?」
「うん」
「お人よしが過ぎない?」
「うん」
「……」
「好きだよ」
もう一度、立香が好きだよとオベロンに囁いた。勘弁してくれ、――とオベロンは立香の上に倒れ伏した。ふふふと笑う彼女を抱きしめる。
(何だってするよ、きみの為なら。だから、――)
オベロンは祈るように立香と抱き合っていたが、ふと彼女の体から力が抜けたのを感じて、オベロンは身を離した。顔を覗き込むようにして、彼女の様子を確認する。
「立香?」
「……うん」
酷く眠たげな声だった。眠いの?と彼が尋ねれば、立香はうん、ともう一度微かに頷いた。なんだか眠いの、と彼女が夢現に言う。
(遺跡のところでも具合が悪そうだった。この国の気候が合わないのかもしれない)
「少し早いけど帰ろうか」
「ごめんね、……。折角準備してくれたのに」
気にするなよ、また来ればいいだろ?今度はスピカ達も連れて来ようと言えば、立香は嬉しそうに頷いた。いつもの彼女の笑顔だ。それにオベロンは安堵の息を吐く。

しかし、その後も彼女の不調は直らず。ホテルのチェックアウトまで、――昏々と彼女は眠り続けた。

塔の上で、魔術師がアンニュイな表情で遠くを見ている。
「幕が上がってしまったね……。さて、君はどうするのかな。妖精王」