後奏曲★卵ころころ?

オベロンには人に言えない願いがあった。――え? 妖精国? そんなものは、もうとっくの昔だ。昔々あるところに、なんて前置きがつくぐらいの気持ちだ。(実際はそんなに前じゃないけどね)所謂、『あの時は若かったな~』ってやつだ。
そう。これは今の・・オベロンの『秘密の願い』だ。

「出来た……。完成だ。ふふ、ふふふふふ。
我らながら恐ろしい完成度。道具作成A+は伊達じゃない」

後はこれをどうやって、どんなタイミングで使うか、――これが難題だ。使いどころを誤れば、とんでもない危機を招いてしまう。慎重に、慎重に事を進めなければ……。だがまあ、恐らく成功するだろう。何せ自分は、かの妖精王だ。謀こそ己の本分なれば。何時だって自分の計画通りに事を運んできた。失敗はしないさ。
「いや……、その唯一の誤算だった相手だ。油断せずに行こう!」
キリリッとその端正な顔を引き締めつつ、オベロンはぐっと握りこぶしを作った。彼の背を遠くテーブルの上から、ブランカは温度の無い冷ややかな視線で見つめる。虫ゆえに? いいや――、心底呆れた視線ゆえに、だ。

夜、子供たちを寝かしつけたところで、オベロンは寝台にうつ伏せになっている立香の肩を優しく抱き寄せる。
「りつか」
溶けるような甘い囁き。彼女の首筋に鼻を寄せれば、甘い匂いが香る……。まるで花に誘われる虫のように彼女の柔らかい肌に口付けた。――そこで、違和感に気付く。
「すー」
穏やかに大きく上下する体。全く乱れない呼吸。深く閉じられた瞳。むにゃと口元が緩んだ。
「…………寝とる」
完全なお休み状態である。本日の彼女の予定を反芻する。確か、魔術師の小競り合いにモルガン達妖精部隊が出動したは良いものの現地で派手にやらかしたとかで、彼女がヘルプに出ていたんだった。大分、派手な立ち回りだったとかなんとか。であれば、彼女の疲労は相当なものだ。疲労困憊ベッドイン即入眠も仕方のないことであろう。
「……別に、また機会はあるさ。疲れているパートナーを配慮出来ないとか夫としてどうかと思うし? 別に焦ることの程じゃないよ、うんうん。……そんなにがっつくほど童貞じゃないし?」
そうそう、と誰に言っているのか分からない独り言を言いつつ、オベロンは彼女の横でコンフォーターケース(掛け布団)を引き寄せた。
 1stトライ――失敗。

二夜目。ドレッサーの前で髪を整えている彼女の背後からオベロンは両腕を回して抱きしめた。
「わ。どうしたの?」
「いや、髪伸びたなーと思ってさ」
彼女の少し癖のある緋色の髪が緩やかに彼女の背を流れている。戦闘の邪魔にならないように短く切り、焼け焦げて縮れた跡や鋭利な刃物で切られたような不揃いの跡は、もうどこにもない。艶々と健康的なその髪。それをひと掬いして、オベロンは愛おしそうに唇を寄せた。
「オベロン……」
「立香……」
立香の瞳に水の膜が張る。彼女がなんの気兼ねも無く、公然と身なりを整えられるようになった。その事実を愛おしんでくれる伴侶に立香はいたく感動していた。二人の視線がお互いの瞳の奥を見つめる。心地よい沈黙。二人の顔が近づいて、少し顔を傾ける。唇が薄く開いた――。
「ままー」
「!は、はーい」
彼女を抱き寄せようとしていた両腕はスカッと通り抜けられた。空中に投げ出された腕が寂しい。オベロンの背後で、立香がシリィをあやしている。ぐずぐずと泣いているようだ。はあ~と二人には聞こえないようにため息を吐いてから、オベロンは困ったような笑顔で後ろを振り返った。
「どうした?」
どうにも寝つきの悪い長男をあやしながら、その晩は、親子三人で川の字で眠った。
 2ndトライ――失敗。

「ぱぱ、どうしたの~?」
「うん? 君たちの眠りを妨げる悪いモノをやっつけようと思って」
次女トゥーリィの問いかけに、にっこりと笑みを返しながらオベロンは手作りしたピローを三人のベットに敷き詰める。中にはたっぷりの綿と上質なラベンダーを仕込んだ。部屋の中の悪い空気を、マントの一振りで吹き飛ばし、ジェロニモに教えてもらったドリームキャッチャーを部屋の壁にいくつも飾り付けた。これも自作した。木の部分を白く染め、それぞれの装飾品にピンクとオレンジ、それから青いバラ(生花)を選び、かつ、枯れないように魔術を施してある。瑞々しいその花たちが様々な宝石、大中小のアメジストやラピスラズリに彩られ、大変美しい。――が、石の意味を考えるとこれでもかと安眠への願掛けをした仕上がり。気合の入りようといったら無い。
「幼い君たちにとって健やかな眠りはとっても大事なんだ。寝る子は育つ。ママの国でも言われていることだよ」
うんうん、とオベロンは我ながらなんていい父親なんだと感動しながら、三人を抱き上げてやる。そっとベッドに寝かせてやれば、キラキラとした瞳が6つ。期待に満ちた目。それにくすりと口元が綻んだ。
「なんだい?」
妖精眼で彼らが何を求めているのか知っている癖に、オベロンは敢えて問いかけた。
「おはなししてー」「「してー」」
「いいとも。さあ、今宵の僕の星々スターは、どんなお話がお好みかな?」
きゃあと歓声がベッドから上がる。オベロンがパチンと指を鳴らせば、辺りの照明は落ちて、天井に夜空が広がった。彼らの名前の元となった星を指さしながら、オベロンはギリシャ神話を面白おかしく語って聞かせてやった。その時々に子供たちはきゃらきゃらと星のように笑い声をあげる。ああ、なんて――。
「あれ?」
気が付けば、オベロン自身も眠り込んでしまっていた。上半身を上げてベッドを見れば、子供たちが穏やかに眠っている。そして、オベロンとは反対の奥に立香が眠っていた。あー、と事態を察する。彼の肩には厚手のブランケットが掛けられていた。すうすうと穏やかな寝息とラベンダーの柔らかい香りが部屋の中に満ちていた。
3rdトライ――失敗……だが、まあいいか、と苦笑しながらオベロンは子供たちのベットの中に潜り込んだ。
(おやすみ、いい夢を――)

翌日、オベロンが一番最初に目覚めた。まだ穏やかな夢の中にいる立香を夫婦のベッドに運び、どったんばったんと素直に洋服を着替えてくれない子供たちの朝の支度戦闘を終えて、夫婦のエリアに戻る。すん、とオベロンの鼻が鳴った。血の香りがする。立香がバスルームからお腹を摩りながら出てきた。
(も、もしかして……)
恐る恐るカレンダーを見る。ひのふの、……数え終わったところで、オベロンはがっくりと項垂れた。しかし、うっと辛そうな立香の声がして、彼は我に返った。唸る立香の傍に寄り、彼女の腰を摩ってやる。
「大丈夫かい?」
「……ちょっと今回重たいかも」
顔色の悪い彼女を労わり、ベッドにタオルケットを敷きながらもう一度眠るように促す。手を取って、にぎにぎと軽くマッサージ。
「今日は休んだ方がいいかもね。子供たちは俺が見てるから、ダヴィンチ達にお休みの連絡を入れたら?」
そうする、と辛そうに頷いて、立香は緩慢な動作でテーブルの携帯を引き寄せた。オベロンは、文字を打ち込み始めた立香をなんとなしに眺める。はぁ……と心の中でため息をひとつ。少なくとも1週間のお預けが確定した――。4thトライも失敗。おめでとう妖精王、四つ目の黒星だ。

五度目の正直なんてものがあるのかは知らないが、ここで負けたらもう後が無い。……いや、一体何の勝負をしているのかさっぱり本人にも分かっていないが。ずるずると負け越すのは大変よろしくない、それだけは間違いないので。
入念に彼女の周囲に警戒をする。余計な用事を持ち込む奴はいないか。子供たちの健康状態は良好か。普段は止める側なのに、長女を諫めもせず、全力で遊ばせて――。一日が終わり、レポートを書こうとする彼女を風呂に急かして、バスルームに入れた。扉が閉まったのを確認して、さっとマイルームの扉に向かう。その扉に強固な守りの魔術を施す。絶対に誰も邪魔してくるんじゃない。という強い意志を込めておいた。どことなく、マイルームの扉からモースのような黒い影が漂っているが、気のせい気のせい。疲れ目ってやつじゃないかな。今日は早く休んだ方がいいと思う、うん、絶対に。可及的速やかに休むことを強く強くお勧めするとも!
「上がったよー」
「分かった。僕も直ぐに入るというか、直ぐに出るから。いいね?」
「(?)うん、ちゃんと洗いなよ。英霊だけどさ」
「うんうん、分かっているともー。いいかい? もう一度言うよ、絶対に直ぐに出るからね」
「分かってないじゃん。ええっと良く分からないけど、分かったよ」
直ぐだから!もう一度念押ししてオベロンはバスルームに消えた。ミニ冷蔵庫からミネラルウォーターを出しながら立香は首を傾げた。良く分からないが、まあ、いいかと彼女らしい大らかさで風呂上がりのスキンケアを始める。ドレッサーの前には、とても美しいボトルが沢山並んでいる。どれもこれも英霊たちやカルデアスタッフが選りすぐって、作ったり買ったりしてくれたものだ。この姿見だって、色々な人たちが立香が使いやすいようにと心砕いて作ってくれたもの。鏡を除けば、ほんのりと頬を染めた女の子がひとり。口元がこれ以上ない程緩んで締まりのない顔をしている。
「あー、えー、ごほん! 保湿!保湿しなきゃ!」
化粧水を取ってパッティングしながら、(彼女はオベロンの肌ってなんであんなに綺麗なんだろう)とか、(英霊だから当たり前か……)とか、(ええー、でも、ずるーい)等と、内心で取り留めも無く呟く。――と、バンっとバスルームの扉が開いた。
「え。早くない?」
「直ぐだって言ったじゃないか」
「そ、そうだけど」
「きみこそ、何をぼさっとしているんだ。髪も乾かしていないじゃないか」
「ええー、……だって、さっき上がったんだもん」
「もんとか言うな。可愛いから」
「え!?」
「髪をやってあげるから、タオル貸して」
「は、はい?」
オベロンは埒が明かないと背もたれにあったタオルを乱暴に持ち上げると、その所作とは反して丁寧に立香の髪を拭い始めた。髪の一本一本を丁寧に扱いつつも、美容師か?という手際の良さであっという間に立香の髪を整えていく。ブオォーというドライヤーの音を聞きつつ、立香は慌ててアンプルとクリームを肌に塗りこんだ。彼らしからぬ言動に驚かされながら、カチとドライヤーをオフにする音を合図に後ろを振り返った。
「ね、どうし……おおおおお!?」
ひょいとオベロンは立香の両脇を持ち上げると、そのまま英霊の膂力を発揮してぽおんと彼女を宙に放り投げた・・・・・。宙で体の浮いた立香は慌ててバランスを取る。落下するとすかさずオベロンが彼女をプリンセスホールドでキャッチした。突然の空中遊泳に心臓を跳ねさせながら、立香はパクパクと口を開閉させる。それを見ているだろうに、何も言わず、オベロンは彼女を抱えて歩き出した。あまりのことに立香の眉が跳ね上げる。ころりと体を捻って、オベロンの腕から逃げる。咄嗟に反応できずにオベロンは立香を逃がしてしまう。
「あ、こら!」
「やだ! なんか怖い!」
「怖くない!」
夜のマイルームで突然の追いかけっこ。オベロンが本気を出せばすぐに捕まるのだが、今夜の彼は集中力を欠いているのか、すばしっこい立香を捕まえられない。スピカは父親似だというが、こういうところを見ると、彼女の遺伝を感じずにはいられない。逃げ方が似てる。しかし、立香の方が経験値が高いので、予想外の動きに翻弄される。捕まらない立香にだんだんとオベロンのイライラが募っていく。
はあはあと両者の息が上がる。折角シャワーを浴びたのにしっとりと汗をかき始めた、立香が地団太を踏みながらオベロンに糾弾する。
「オベロン、さっきから何なの?」
「どうもこうもあるか! それはこっちのセリフだよ! いいか、僕はきみと今すぐに交尾SEXがしたいんだっ!!!」
だー、だー、だー、だー……。響いた。
「な、何を言っているの!!?? 馬鹿なの!?」
「はああ!? 真面目ですけど?真剣ですけど? ふざけてませんけどぉお??」
「なお悪いわ!!! あ、あのねぇ! いくら私達が夫婦だからって、そんな非常識な言い方がありますか!? ありません!! 人類勉強し直してきて!!!」
肩を大きく怒らせながら、立香はオベロンを睨みつける。彼女の瞳に心に、信じられない。最低!という色が見えて、……オベロンの心にすうっとブリザードが吹き荒れた。言う事に欠いて、人類を勉強し直せと来た。これまでのこともあり、どっと体から力が抜けるオベロンだった。
(もういい……。もう面倒くさい――)
ごっそりと表情が抜け落ちたオベロンの顔に、立香がびくりと怯える。
(なんか、地雷を踏んだ??)
分からないながらも的確にオベロンの心理状態を探り当てるのが彼女らしかった。
くるりとオベロンが立香に背を向ける。
「オベロン?」
「…………」
無言のまま、彼はマイルームから出ていった。パシュンという扉の開閉の音を聞いて、数秒後。立香は言った。
「拗ねよった……あの妖精王」

それからというもの、オベロンは立香とのコミュニケーションを尽く避けた。子供たちの前では完璧な父親をやりつつも、立香には子供たちやマシュを介してしか会話しない。夜だって、いつも二人で同じ寝台に寝ていたのに。あろうことかハンモックなんぞ持ち出して、別々に寝る程の徹底ぶり。結構しっかりした造りで、所々の意匠の凝り具合から自作したのが伺える。ちょっと寝心地が気になったのは内緒だ。流石に数日ともなれば、周りの人間が異常に気付く。なんだ痴話喧嘩か?と村正に突っ込まれてしまった。原因が原因だけに話しづらい。アルトリアが凄くしょっぱい顔をしていたので、立香は居たたまれなかった。
(うちのがスイマセン)
(いえ、こちらこそお騒がせしてスイマセン)
とアイコンタクトだけでやり取りをした。二人と塩味の効いたお茶をした後、立香はマイルームで腕を組んで唸った。
「どうしたもんかねー」
唸る彼女にスピカが声をあげる。
「ままー」
「はあい。なーに?」
この頃は随分と言葉遣いがしっかりしてきた。長女の自覚があるのか、一丁前にお姉さんぶるのだから可愛くて仕方がない。ただし、普段の彼女の暴れ牛具合には、流石の立香も母親としてしっかり手綱を握らねばと固く心に決めているので、甘やかしっぱなしではないが。
「ぱぱね、おこったらメ~よ」
うん?と立香が不思議そうな顔をする。それを不理解と捉えて、彼女は必死に父親を庇う言葉を続ける。
「ぱぱ、まま、すーきなの。いっしょがいいんだよ。ままもぱぱも、すぴがメだったら、『ごめんね』するでしょ? 『ごめんね』して。ね?」
分かるような、分からないような……。でも、彼女の言いたいことは多分伝わった。子供に諭されるとは、情けないやら恥ずかしいやら、頭を掻きながら立香は苦笑を零した。
「そうだね。スピカの言う通り。ママ、パパにごめんね、するね」
「……! うん!」

夜――。子供たちにお休みのキスとお話をひとつふたつ。寝かしつけが終わったら、夫婦のエリアに移動する。扉一枚入れば、オベロンはにこやかな笑顔を真っ平にして、黙々と寝る準備を整える。そして、立香に声をかけることも無く、黙したままハンモックにその身を横たえた。立香はベッドに腰かけたまま、オベロンの寝姿を見つめる。暫らくして、彼女が立ち上がった。ぎしりとベッドが鳴る。ゆっくりと歩いて、ハンモックの傍に立香は立った。そっと彼の背に手を当てて、「ごめんね」と囁く。ぴくりともしないその背が、彼らしくて、少し苦い笑みが零れた。
「一方的な言い方をしてごめんなさい。……びっくりしたの。それだけ。嫌なことなんて何もないのよ」
「……勉強の仕方なんて知らない」
「うん。そうね、そうだよね……ごめんね」
「前にも言った。僕は、、、きみなら、きみなら気持ち悪くないんだ」
「うん、……うん。覚えてるよ」
「…………」
「ねぇ? 教えてほしいな。あの時、どうしてそんなに、その……。したかったの?」
交わりを望んでくれるのは嬉しいし、彼がとても積極的なことはよくよく知っているが、あの時の彼は非常に鬼気迫るというか、……普通に勢いが怖かった。はあ、とオベロンから深いため息が落ちる。少し言いずらそうにしながら、彼がお誘いをかけ始めたところから、喧嘩別れをするところまでの経緯をつとつとと寝物語のように彼女に語って聞かせた。その時々に、彼女は呆れたり、驚いたり、そして少し笑ったり。
「ごめん、全然気付かなかった」
「そうだろうよ……。じゃなけりゃ、僕が今こんなに惨めな思いをしていないだろうからね」
ふんっ、とオベロンがそっぽを向く。拗ねるその様が、可愛くて可愛くて――。立香はオベロンの頬にキスをする。
「そんなんで僕が誤魔化されるとでも?」
「違うよ。……好きだなぁって思ったの。それだけだよ」
「……そこの戸棚の三番目の引き出しを開けて」
唐突になんだろう?と訝しみながら、立香は言われた通りに引き出しを開ける。その中に、小石が数個並んでいた。オパールのように不思議な輝きを持ったそれを立香は手の平に乗せて、オベロンに返信する。
「これ? なんか石みたいなのがあるけど……」
「それ」
「何これ?」
「卵モドキ」
「卵もどき? うーん、……全然分かんないんだけど。何に使うのこれ」
「特定の条件下であれば、魔力に反応して吸収するようになってる」
オベロンが作ったのか?また器用な……と立香は内心舌を巻く。彼が後方支援に回ってから、目まぐるしい程に沢山のアイテムがカルデアに齎された。便利なものが大半だが、たまに何でそんなの作った!?というイロモノも混じっているので、玉石混交といったところか。
「うーん、ごめん。まだ話の流れが分からないの。これが何か関係があるの?」
凄い発明品だとは思うけど、それと喧嘩の要因が全く結びつかない。
立香に背を向けていたオベロンは、ちらりと肩越しに彼女を仰ぐ。
「それ、きみのナカにいれるやつ」
「中?……ナカ!?」
彼女の目が見開かれ、思わず、手の小石を滑り落とした。もう一度拾う気は起きなかった。だって、これを彼女のナカに――。いやいやいや、なんでそうなる。そういう疑問が彼女の顔いっぱいに出ていたのだろう。オベロンが小馬鹿にするように鼻で笑う。
「何のために英霊の俺が避妊しているんだっけ?」
それは、まあ、ナマでしてしまうと立香が妊娠してしまうので……。ごにょごにょと彼女が手を弄りながら、その旨を返答をする。一般的(魔術師的な、とつけるべき)にはありえないのだが、彼女は特殊な状態なので、普通に英霊のオベロンとの間に子供ができてしまう。それ自体はいいのだ。二人の間に起きた奇跡――寿ぎだ。けれど、既に三人の子持ちになったふたり。少し前に発覚したことだが、彼女は後四人、オベロンの子供を産むことが出来る。子供を望まないのであれば、世間の夫婦のように避妊が必要だ。
「そうだよ。避妊をするために、スキンをつける。英霊のこの俺がそんな無様を曝しているわけだが。他ならぬきみと子供たちの為だ。それ自体に納得もしているし、きみの夫として、そして父親として当たり前の義務だと思っているよ」
だけど――そこで、オベロンは言葉を切った。ぎぃっと音を立てて、彼がハンモックから地面に降り立った。ぺたり、ぺたりと立香に歩み寄る。蛇に睨まれた蛙のように、立香は身動きが出来ない。捕食――という二文字が彼女の頭を過った。彼女の怯えを感じ取ったのか、立香の目の前に立ったオベロンは少し言い淀んで、重い口を開いた。
「虫の本能なのか、ただそういうものなのか分からないけど、きみに触れたくて仕方ない。それも一番深い方法で。明け透けに言えば、……きみを孕ませたい」
両腕で戸棚と自分自身の間に立香を閉じ込めながら、オベロンは彼女を見下ろす。
「……異聞帯、この汎人類史、世界でたったひとり。俺の子を成せるのはきみだけだ」
目の前に自分と番える若く健康的な雌がいる――。それは酷くオベロンの本能を刺激するのだ。彼女の匂いだけて催すことすらある。それをそのまま彼女に伝えれば、彼女は全身を真っ赤に染め上げた。あう、と言葉にならないうめき声を上げる。でも、――でも、だ。彼の本能のままに番えば、子供が出来てしまう。立香は上目遣いにそれを訴える。その視線を受け止めて、オベロンの瞳が眇められる。彼の青い瞳にぎらりと銀の刃のような鈍い輝きが見えた。
「分かってる。分かってるから、」
だからこれを作ったんだと彼は小石を拾いながら、暗く嗤う。滑稽だろ?と彼は自虐した。彼女との間に子をもうける行為をしたと感じられるようにしたかったのだと。きみのナカに注ぐ。それがどれ程、オベロンの心を満たすか。オベロンには見えるのだ。行為中の彼女のはらの中が――。どろりどろりと自分の白濁が子を成す場所に注がれて、彼女の最奥が白く染まる。ああ、染まれ。染まれ。もっと、もっと白に――。

彼の細い腕がゆるりと下がっていく。戸棚から一歩引いて、オベロンは腕の中に閉じ込めていた立香を解放した。天を仰ぎながら、はあと今度は隠しもせずに大きく息を吐いた。
「もっと建設的な方法を考えるよ。……怖がらせてごめん」
ちょっと暴走していた自分自身を内省しながら、オベロンが小石を戸棚に戻そうと手を再び上げた時、
「立香?」
立香がその手の上に自分の指先を重ねていた。指先から微かな震え。俯いていた顔を上げれば、火でも吹くんじゃないかという程、真っ赤に染まった頬。瞳は水の膜にゆらゆらと揺れているが、ひたりとその黄金はオベロンは見ていた。
「  」
彼女が囁いた。それを聞いたオベロンは、次に自身の脳が焼け落ちる、ぶつん――、という音を聞いた。

「あっ、あ」
パンパンと肌を打つ音が響く。オベロンはうねる肉の襞を押しのけるように彼女のナカを往復する。理性なんてとっくに消え失せた。ずりゅっと勢いよく、自分の逸物をナカから取り出せば、泡立った愛液が彼女の陰唇から涎のように零れ落ちた。
「あ゛っ、はっ、ひぃ、ぁんっ」
手の平に握りしめた小石――オパールのような輝きを持つ、卵型のそれを彼女の入口に差し込む。ぐちゅりと酷い水音がなる。直ぐに逸物を押し付けて、零れる蜜をナカに戻した。
「ん˝っ!」
ぐぐっと小石を奥に押し入れる。ごりごりと立香の肉壁を小石という異物とオベロンの竿が削るようにして動く。「いやぁっ」強い刺激に立香の腰が逃げる。ガッとオベロンが手形が残るほど、強く立香の腰を掴んで体を二つ折りにするように曲げる。ゴッと立香の子宮口に小石がぶつかった。
「は、あぅ!!」
圧迫された腹に合わせて、彼女の肺から空気が押し出された。そのまま、オベロンは動きを止める。はぁはぁと二人分の息が木霊する。「オベロン……」と立香がその背の、翅の付け根に触れた。ぶるりとオベロンが身を震わせる。獣のようなうめき声とともにどくどくと温かい感触が立香の奥に広がって、――きゅるりと何かに吸い込まれた。どうやら、きちんと小石は役目を果たしたようだ。
しかし――。
「はぁはぁ、ふぅ、はぅ。……? ねえ、オベロン。はぁ、はっ。お腹がちょっと苦しい?きがする」
石が大きくなったような気がする。先ほどは指先程度だったそれがまるで小さなボールほどのサイズに感じられるのだ。
「ああ、うん。そういう作りだから」
(そういう、作り……)ぼんやりと立香はその言葉を頭の中で反復する。快感に鈍った彼女の思考がそのまま表情に現れていたのか、オベロンは「吸収したら大きくなる」と答えた。大きく息を吐きながら、腰を緩く回す。「あぁん」立香から甘い声が零れ落ちた。その声にオベロンの逸物が再起する。腰を押し付けつつ、べろりと彼女の口から零れた涎を舐め上げた。
あ、あ、と喉の奥を鳴らしながら、立香は考える。(オベロンの精液を吸収すると小石は大きくなる?)
え、困る。と立香は思った。
「え゛。あの、大きくなったら大変なんじゃ……?」
「大丈夫だよ。だって、きみは人の子供だって産んだじゃないか」
そういう問題ではない。良からぬ気配を察知して、立香の体が慄く。逃げを打とうとする立香の体はオベロンの両手で阻まれた。オベロンは彼女の腹を撫でながら、もう一度、大丈夫だと言った。
「ちゃんと一定までの大きさになったら、排出するようにもしてあるし」
「ごめん、それって具体的に言うと、どういう感じになるの」
「聞くより体験する方が早いと思うよ。ほら」
とオベロンがもう一度ナカをこすり始めた。説明――!と抵抗する立香を強制的に快感で黙らせていく。あっあっという喘ぎと、ぐちゅぐちゅという水音が部屋の中に充満する。暫くして、オベロンがぎゅうと立香を抱き込みながら、腰を強く押し付ける。ドッと再び精が立香のナカに放たれた。ぐぐぐと小石が大きくなる。う、と立香がその圧に喘いだ時、ぶるりと石が震えた。え、と立香が驚くが、次の瞬間には悲鳴に代わる。
「やぁああ!」
ぶるぶると石が立香のナカで震えている。彼女は全身を捩らせて、快感を逃そうとするが、上手く出来ずに苦しんだ。
「やだぁ!取って、取って、オベロン!」
「ぐっ、んっ……、そんなに驚かなくても……。大丈夫だよ、立香。ほら。お腹に力を込めて」
ずるりとオベロンが逸物を引き抜いた。ずりずりと内壁が刺激されて、立香は断続的に震える石と合わさる快感に涙を零す。竿の分だけ圧迫感が減った腹を押さえながら、立香は言われた通り腹に力を込めて、その石を外に出そうとした。ひいひいと息をつめながら、思考が定まらない中、ゆっくりと石が最奥から入り口に向かって肉の壁を伝い降りていく。中腹まで来て、はぁはぁと立香は一度力を緩ませた。もう一度お腹に力を込める。――入口近くで、石が引っ掛かった。そこで再び震えて、立香が声高く啼いた。
「ほら、もうちょっと」
オベロンが優しく入り口を摩った。泣きながら立香は最後の力を込める。くぷり、と石の表面が立香の陰唇からその一部を晒す。小石程度の大きさだったそれは拳ほどの大きさに成長している。くぷ、ぷちゅ。彼女の秘裂をゆっくりと押し開く様をじっとオベロンは観察する。半分ほどその石がその体積を外に出せば、ぶぶぶと震えて、ごぽりと彼女の陰唇から愛液と共に零れ落ちた。くぱぁと彼女の下の口が大きくその内側を曝し、空気を孕むのか、こぷこぷと音を立てている。てらてらと立香の体液に光るその石を手に取って、オベロンは興奮した眼で立香を見下ろした。
「ははっ。――きみ、蟲の卵・・・を産んだんだ」
オベロンが立香が産み落とした石、――卵を舐めながら嗤う。酷く淫靡な光景だった。

立香が全身を小鹿のように震わせながら、その黄金の瞳でオベロンを睨み上げる。
「ばか」
「なんとでも」
彼はちゅうと音を立てて立香の腰元に口付けた。
「ゃんっ」
そのまま彼女の腹に頬ずりをする。ゆるゆると彼女の太ももを撫でて、うっとりともう一度彼女の腹の上にキスをする。彼女の脚の間で、恍惚の笑みを浮かべる彼を見て、立香は――
「震えるのやめて、辛い」
「それがいいんじゃないか。きみの泣く顔がそそられる」
先ほどの艶のある笑みはどこへやら。鼻の頭に皺を寄せて、チンピラのように柄の悪さで不機嫌になった。言ってることもなかなかの屑っぷり。ぐぅうと立香が子犬のように唸った。
「見たくないの」
「?」
「た、卵……、産むところ…………」
あれ、とオベロンは目を瞬かせた。先ほどの言葉は疑問形だった。卵を産むところを見たくはないのか?と尋ねられたのだ。あれ、あれれー?とオベロンは人の悪い笑みを浮かべた。上から覗き込むように立香の顔の上に影を落とす。
「ねえ、もしかしてだけど」
「…………」
「興奮した?」
「……」
「興奮したの? 俺の卵を産んで・・・・・・?」
ばふっとオベロンの顔にピローが押し付けられた。ラベンダーの香りがするそれを顔中に張り付かせて、オベロンは爆笑した。ぼふぼふとピロー越しに殴られる。そのまま、体の力を抜いて重力のままに立香の上に落ちた。
「重い! どいて!!」
両手で押しのけられた。されるがままにゴロンと彼女の横に体を転ばせる。くっくっと笑いながら彼女を後ろから抱き込んだ。自分自身を彼女の脚の間に忍び込ませる。ずるうりずるうり。緩く竿を柔らかい太ももの波に遊ばせる。その度に、白い液が彼女の肌に線を引いた。はっはっ……とわざと彼女の耳元で息を上げて見せた。彼女の腹の上に置いていた手がきゅうと彼女の胎が鳴くのを拾う。良い子イイ子と宥めるように腹を撫でる。
「りーつか」
甘く、甘く、囁く。彼女の胸をやわやわと揉みしだき、彼女の首筋に鼻を寄せる。すうと空気を吸えば、オベロンの欲を掻き乱す香りが咥内に充満した。脳がゆらゆらと揺れて理性が溶ける。あ゛~、といううめき声が喉奥から吐きだされた。
「改良するから」
「……」
「いっぱい、俺の卵産んで?」
きゅうんと彼女の胎が鳴いて、――諾と返事をした。